2012年06月21日 09:37Fujii

シナリオが作れてもUIを作れるわけではない

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シナリオが作れてもUIがつくれるわけではない

シナリオ作ることができても、その人がUIを作るとボロボロであることがある。

シナリオが作れてもUIを作れるわけではない。

ある1人のユーザーのシナリオがあったとしても、UIがそれによって決まるということがないからだ。

使う人の個別のシナリオが線形であるからとかそういう話以前にものを作るということはそういうことなのだ。

ある一人の人のこのシーンのこの行動にあわせてものを作るというお題があったとしても作るものは人によって変わる。

映画などのようなものでも、ある一人の人のために作っても作る人によって出来上がるものはことなるだろう。

様々な行動をとるのはユーザーだけではない

つまり、当たり前のことだが、人間は様々なことをするのである。

先日の台風でも、傘を使う人、レインコートを使う人、家からでない人、などなど人間は様々な行動をとる。

ユーザーが様々な行動をとるのと同じように作り手も様々な行動をとり、それによって出来上がるものは異なる。

「シナリオからUIが作れるわけではない」というのは、例えば材料がありそれを機械に流し込むような作業で作るものではないという意味で、作り手自身が「決める」フェーズが必ず何度も出てくるものなのだ。

なので、自分自身で決めたくないため、決めた理由をすべて説明しようとするためにシナリオという方法に執着してもうまくいかない。



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