2015年07月17日 20:06Fujii

赤ちゃんはおもちゃに興味があるのではなく、大人とのコミュニケーションに興味がある?

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新しいおもちゃにすぐに飽きる赤ちゃん

おもちゃ屋さんでおもちゃを見ると、色々な宣伝文句が書いてありますが、買って渡すと大抵その通りに赤ちゃんは遊びません。

興味を持たなかったり、興味をもってもすぐに飽きてしまいます。

これはなぜなのかを考えてみました。

赤ちゃんにおもちゃという概念はない

まず、赤ちゃんには何がおもちゃで何がおもちゃでないのかは区別がないのではないかと思います。

家の中にある様々なものと同じで、何か身の回りにあるものとしか捉えません。

大人がもっているような、おもちゃという概念、おもちゃ屋さんという概念、お金という概念、新しいという概念などもまだないので、「せっかく新しいおもちゃを買ってきたから遊ぼう」という概念もないのではないかと思います。

飽きたおもちゃに再度興味を持つ

最初に興味を持って、ひととおり検品したら終わりです。

動かして、起こることを見たり驚いたり、それを拾ったりします。その後ぽいっとします。

ここで大人は「お、もう飽きちゃったなー」と思います。

ところが、赤ちゃんが戻ってくることがあります。

それは、大人が飽きちゃったおもちゃを一生懸命触ったりしている時です。

なぜなのでしょうか?

おそらく「大人が触っているものを触りたい」ということかなと思っています。

または、すでに検品したものではなく別の何かに見えるのかもしれません。

手段と目的

赤ちゃんにとっておもちゃは手段なのでしょうか?

「大人が触っているものを触りたい」というのは目的と言えますが、ここでいう大人が触っているものは手段になるのでしょうか?

単なる手段ならば、大人が触っているものでなくても良いのでしょうか?

しかしそれだと目的の中の「大人が触っているもの」ということが欠けてしまいます。

「大人が触っているものを触りたい」のではなく「大人とコミュニケーションをとる」ことが目的だという見方もできます。

仮にそうだとすると、大人がおもちゃを触っていない時よりも、触っている時の方が勢いよく近づいてくるのはなぜ?という疑問も湧きます。

ということで、現実を見てみると、全部やりたいのでは?ということが見えてきます。赤ちゃんは、新しいものを触りたい。大人とコミュニケーションをとりたい。大人が触ってるものを触りたい。

目的は、具体的なものも含まれるし、行動も含まれる、無形のコミュニケーションも含まれます。

そして、そもそも触った先、コミュニケーションをとった先に何がしたいのかという目的は持っていないように見えてきます。

このように「目的」というのはなかなか複雑なので、扱う時はざっくりいかないと話が進まないし、粒度によっていくらでも変わることがあるもののようです。

2015年07月02日 22:55Fujii

Apple の Music はなぜ複雑なのか?

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Music はなぜ複雑なのか?

Apple - Music - メンバーシップ http://www.apple.com/jp/music/membership/

WWDCで発表された新しいサービスを題材に。

このブログにはできるだけ普遍性のあることを書いておこうと思っているので、特定のサービスを取り上げることは少ないですが、何かありそうなので書いてみます。

新しいサービスは新しい概念が必要になります。既存の概念と共存する必要がある場合、シンプルに表現することが難しい場合があります。

Musicもそう感じるものの1つです。 一見曲という単純なものを扱っているように思いますが なぜなのでしょうか?

複雑になる理由

その理由は以下の2つです。

1「権限」

2「データの置き場所が複数ある」

1「権限」

これはひとつの曲でも「誰の」「どこで再生が許可されている」「どういう形式で許可されているのか」などが変わってくるため別の概念として扱わなければいけなくなる要因かと思います。

2「データの置き場所が複数ある」

デバイスにあるもの、CDからリッピングしたもの、オフラインで聞けるもの、同期してあるものなどなどによって、同じ1つの曲というものを複数の概念で扱わなければいけなくなります。

結果としてiCloud、コレクション、ライブラリ、ファミリー共有といった概念を生み出すことにつながります。

Appleであっても Music というよりも権限や、置き場所という複雑なものを相手に悪戦苦闘しているという感じでしょうか。

データの置き場所を隠蔽して自分の状態によってなんだか聞けたり聞けなかったりするという見せ方も1つのチャレンジですが、反面なにがおこっているのわからないという副作用も有ります。

音楽を聴き放題にもできるし、個別に買うこともできる、一度買ったCDの音源もiTunesで聞けるようになったらいいなあというようなことを実現してきた結果ですが、やはりこれらの2つのことがあるとどうしても複雑になってしまうのかという印象を持ちました。

さらにもう少し考えてみます。

抽象的なものの特徴

権限は条件分岐です。置き場所が複数あることも、ここではこれを再生、ここではこっちをということで、これまた条件分岐となります。

この抽象的な条件分岐というのを視覚的なUIで表現しようとすることにはある種の限界があります。

抽象的なものをGUIで表現するチャレンジをしたことのある方はわかると思いますが、条件分岐のメリットを追求すればするほど表現は複雑になります。そして使い物にならなくなります。

条件分岐の身近な例としてはプログラミングがあります。 これを視覚的に表現しようとすると、条件が柔軟であるほど分かりにくくなってしまいます。

「可視化」に気をつけよう

世の中には「抽象的なことを可視化するという目標」でなにかはじめるプロジェクトがありますが、何も考えずに進めると複雑さがそのまま可視化されただけの意味のないものになります。

反対にその難しさを知っていれば、どのあたりまでならいけそうかということも考えながら引き返すこともできます。 (今の状態のみみせる、または条件分岐のルールのみみせるなど)