2015年06月26日 13:37Fujii

自分はどっち?名詞で似る親子と動詞で似る親子

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子はどこまで親の影響を受けるのか?

与太話シリーズです。

親子は似ていることが多いですが、似ていると言っても様々なパターンがあります。

血縁上遺伝子的に似るということもありますし、血縁関係がなくても家庭環境として親子であれば似ることもあるでしょう。

似るレイヤーによっては、一見全く似てないように見えることもあるのが興味深いです。

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「和食料理をつくる親を持つ子が和食料理をつくる」というパターン。

これはわかりやすいです。

「和食料理をつくる親を持つ子がフランス料理を作る」というパターン。

これは作る料理は違うけれど、料理を作るというレイヤーで似たということになります。

「料理をつくる親を持つ子がおもちゃを作る」というパターン。

これはさらに深く、作るというレイヤーで似たということになります。 場合によっては似てないと思われることもあるパターンでしょう。

この表面的には似ていなくても似ているというのは次のようなケースもあります。

異なる意見を言っていて争っている親子は、頑固で曲げないというレイヤーにおいては似ていると言えます。

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ここまでくると、はたから見ると全く似てないように見えると思います。

名詞親子と動詞親子

このように似ているといってもいくつかのパターンがあり様々ですが、大きくは2種類に分けることができます。

それは、名詞と動詞です。

名詞で似る親子を名詞親子、動詞で似る親子を動詞親子としましょう。

動詞親子は、前述のようなレイヤーは異なれど動詞で似るタイプです。

名詞親子は、名詞が似るパターンです。例えば「料理を作る親を持つ子が料理を評論する」パターン。ほかには「料理を作る親を持つ子が料理の作り方を共有するサイトをつくる」パターンなどがあります。

自分自身はどちらかというと動詞が似ているかもしれないなんて思ってます。

新たな発見のために

親子の「似ている」を考えた時に、どのレイヤーで似ているのか、名詞が似ているのか、動詞が似ているのかを考えると、似ている部分について新たな発見があります。

例えば、一見全く似てないように見える親子がうまくやっているのは「ひとそれぞれ」という部分で似ているからかもしれない、と発見することができます。(これは「頑固で曲げない」親子の逆の仙人のような親子パターンですね)

また、「似ている」を考えることで「似ていない」部分も新たに発見することにもつながります。

さらに視点によって「似ている」とも「似ていない」とも言えることであれば、それは親子なのだからではなく、たまたま同じだっただけだということもわかるかもしれません。

余談ですが、今回の例のような親子だけでなく、親の親、友人、組織、チームなどなど人間関係全般で考えるとさらに発見がありそうです。

2015年06月19日 14:43Fujii

窮屈なUIデザインにしないために

窮屈なUIデザインにしないために

デザインする時にユーザーの目的を考えることは重要ですが、あまりに「目的」に偏ると窮屈なものができあがります。

今回は身の回りの具体的な例(プラス例え話)を集め、最後にその対処例のサンプルとして1つのアプリのアプローチを考察してみました。 (集めたものは偏りすぎているものばかりではありませんが、どのような方向に向かうと窮屈さが増すのかという点でサンプルになるかと思います。)

閉架式の図書館

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タスク偏重の窮屈なUIとは、例えるなら閉架式の図書館。本棚を見ながら本を選べず、まず目録などで指定して手続きをしてようやく本というオブジェクトを見ることができるので窮屈になります。

窮屈な理由は「Aという本を借りる」という目的以外を受け付けないためです。

一本道RPG

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タスク偏重の窮屈なUIとは、一本道RPG。対極は自由度の高いRPG。前者は目的が限定され、後者は目的が多種多様どころか決まっていないこともあります。前者は窮屈です。

窮屈な理由は「いくつかのイベントを経てボスを倒す」という目的以外を受け付けないためです。

文字つきのスタンプ(絵文字)

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タスク偏重の窮屈なUIとは、LINEなどコミュニケーションアプリのテキスト付きスタンプ。コンテキストを限定するため窮屈です。

窮屈な理由は「絵と文字が状況にあっているときに使う」という目的以外を受け付けないためです。

実は絵のみのスタンプが一番複数のコンテキストを受け入れるため様々な状況で使えるのではないでしょうか?

IKEAやフライングタイガーに見られる順路固定のショッピング

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タスク偏重の窮屈なUIとは、入り口と出口が決まっていて商品をみる順番が変更しにくくなっている店です。これは窮屈です。

窮屈な理由は説明するまでもないですが「その順番で商品を見る」という目的以外を受け付けないためです。

(実際のIKEAはショートカットも可能であったり、フライングタイガーは手にとった商品をレジで返品することも可能です。)

口うるさいコーチ

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タスク偏重の窮屈なUIとは、現実にはいないと思いますが、スポーツでフィールドやコートに立つ前に「シュートを打ちたい?」「パスをだしたい?」と問うコーチ。

窮屈な理由は、コートに立つまえに一度決めた目的(例「パスをだす」)以外を受け付けないためです。刻一刻と変わる状況なのに、コートに出る前に判断を迫られる。こんなコーチはいたら困ります。

晴れの日は開かない傘

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タスク偏重の窮屈なUIとは、実際には存在しないと思いますが、雨の日だけ開くことができて、晴れの日には開かない傘です。雨の日以外は絶対開かない傘は窮屈です。

窮屈な理由は「傘は本当に雨が降っているときだけに使う」という目的以外を受け付けないからです。

パッケージ化され過ぎたレゴ

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タスク偏重の窮屈なUIとは、実際には存在しませんが、例えば自動車しか作れないレゴ。絶対に自動車しかつくれないならば窮屈です。

窮屈な理由は「自動車をつくる」という目的以外を受け付けないからです。

一本道のディズニーランド

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タスク偏重の窮屈なUIとは、実際には存在しませんが、一本道のディズニーランド。もしも、シンデレラ城中心の自由に行き来する構成ではなく、一本道の遊園地になっていたとしたら、、、窮屈です。

窮屈な理由は、「Aというアトラクションに乗ったら次はBというアトラクションに乗って、、、」という目的以外を受け付けないからです。

窮屈なUIにしないために

やみくもにタスクに偏ったデザインをすると、ナビゲーションが複雑になり、様々な状況からくる要望を受け止めきれず崩壊することがあります。

そうならないためにはしっかりした基本構造をベースにしたうえで、コンテキストからくる要望を検討することが大切になります。

しっかりとした基本構造とは何かを考える際にこちらのアプリケーションがサンプルとして参考になります。

Textwell

このアプリケーションは自分もブログを書く際に使っていますが、アクションを後で選択できます。複数のアクションがあり非常に多用途でありながら、入り口はとてもシンプルになっています。

そのため、自分のように普段は書くだけのユーザーでも、時々段落を調整したくなってきたとき(=そういった状況や目的が発生した時)には、「Reorder Paragraphs」というアクションを選択することが可能になっています。

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この「あとから何をするのか決めることができる」ことで、窮屈さが軽減され、なおかつ基本構造が崩れにくくなっています。

この順序については「名詞 → 動詞」に詳細があります。

このアプリケーションの紹介に「アイデアはいつもそれを何に使うか決める前にやって来るのに、100個もあるアプリの中からどうやって最適なものを選ぶのでしょうか。」という強烈かつ象徴的な文章があります。これは「状況や目的は使いながら変化する、書きながら、または書いた後に決める」ということを前提としているといっていいと思います。

やみくもに目的をベースにデザインする手法とは異なるアプローチと言っていいかもしれません。

とは言っても状況や目的をないがしろにしているのではなく、「状況や目的は使いながら変化する、書きながら、または書いた後に決める」というむしろリアルな「状況や目的」を前提にしているのだと言うことができます。

こういった点で Textwell はデザイン手法の面からも興味深いアプリケーションです。