2015年05月08日 19:00Fujii

絵本「ぼくのニセモノをつくるには」をデザイン手法の本として読む

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「ぼくのニセモノをつくるには」という絵本を読みました。

この本は、こどもが自分のニセモノをつくるために自らを改めて考察する、または表現することを考察するというストーリーです。

プロフィールや趣味嗜好に加え、場所による変化も出てきます。

絵本の中の「ぼく」を「ユーザー」に置き換えてみると、ペルソナやシナリオ、またロールやタスクといったものにつながりそうな表現が出てきますので、誰かに説明するときにも傍らにあると役に立ちそうです。

例:「ペルソナのプロフィールはこれにあたる」「ロールはこれみたいな感じ」「基本的な欲求はこれ」

絵本ですのでUIデザイン手法の本として注目されることはまずないと思いますが、普通であれば長い文章で記述するしかないようなことを、とっつきやすい簡潔な絵で視覚的に表現しているのでおすすめです。

この本は「ぼく」に関することなので、デザイン手法でいえばユーザーに関することだけです。プロダクトに当たるものは登場しません。

ですので、様々な「ぼく」を相手にプロダクトをデザインするときに、どこまで「ぼく」を考慮するとよいのか、どこから考慮しないほうが振り回されないのかを考えながら読むとまた発見があると思います。

ぼくのニセモノをつくるには
ぼくのニセモノをつくるには

2015年05月07日 19:12Fujii

Pixarのブレイントラストを参考にリサーチとUIデザインの距離感を考える

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リサーチを根拠にしてデザインを決定するというプロセスの課題

リサーチから流れ作業的にプロダクトのデザインができるわけではないので、そこにはある種ビジョンを持った人がいて、取捨選択し決定しなければ、発散するばかりかと思います。

リサーチを根拠にしてデザインを決定するというプロセス有りきだと、ペルソナにしろインタビューにしろ、ユーザビリティテストにしろ、それらの結果に強く結びついたデザインにしかなりません。

例:ユーザビリティテストでの発言ひとつひとつを根拠として変更したことを「改善」と呼ぶといった手法 (このことの問題はインタビュアーが聞くかどうか、ユーザーがたまたま言語化するかどうかということに大きく左右されてしまう)

このことを避けるためには、リサーチとプロダクトのデザインはある程度、距離をとる必要があるのではないかと感じています。

映画作りにおける意思決定と権限の一例

以前に、Pixarの映画の作り方として、様々な人の意見を聞いてつくるというエピソードを目にしました。印象としては「独裁ではなく共同でつくる」というようなニュアンスの話でしたので疑問が浮かびました。

「創造的な映画作りにおいて、意見を聞いてどのようにまとめるのか?」

ということです。

Pixarではこの話し合いのことを「ブレイントラスト」と呼んでいるようですが、少し調べてみると、やはり、「共同で」といっても最終決定権限は監督にあるとした上でざっくばらんにエキスパート同士で意見を交換するということでした。

過去の失敗例としては、ブレイントラストに権限を与えすぎて失敗したということもあったそうです。(権限を与えすぎ=その場ででた意見や改善をおこなわなければいけない、というようなことかなと)

大ヒット作『アナと雪の女王』も「ピクサー流会議」から生まれた

”映画監督や制作チームは作品づくりにのめりこむうちに、最初は森全体が見えていたはずなのに、いつしか木しか見えなくなることがよくあるそうです。その視点を取り戻させるためにブレイントラストはあるのだとキャットムルは言います。”

という存在意義はあるようですが、以下のような考え方が根底にあるようです。

”しかし、それ以上のことは望んでいません。「ブレイントラストが考える解決策は、おそらく監督やその制作チームが考える解決策ほど優れたものにはならないから」です。”

リサーチとプロダクトデザインの関係

リサーチとプロダクトのデザインというのも、少し似ていて、リサーチに権限を持たせずに、プロダクトデザインに権限を与えたほうがうまくいくような気もします(そもそも現在リサーチをプロダクトデザインに実際に取り入れている企業はそうしているかもしれません)。

ちなみにこのブレイントラストというものの参加メンバーはそもそもエキスパートだと思うので、デザイン系の手法(普通の人がそこそこのものをつくれるための底上げ的な手法)とは少し意味合いが違うとは思っています。