2012年07月26日 21:16Fujii

プロジェクトとできあがるものの傾向メモ

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プロジェクトとできあがるものの傾向

これは単に経験からくる話です。

このブログでは何度もプロジェクトの傾向の話がでてきています。

できあがるものとプロジェクトの体制が深く関係しているからかもしれません。

改めてメモしてみたいと思います。

機能は増える方向に力が働く

これは様々な理由がありますが、「機能を減らそう」と言ってはじまるプロジェクトというのは聞いたことがないのではないでしょうか?

今できることはすべてできるようにする

まっさらでゼロから考えたいという場合でも、進めていくうちに今あるものでできることはできなくてはいけないという話になります。

色々な原因はあるかと思いますが、この機能はいらないと決断するプロジェクトは少ないように感じます。

機能が複雑であるので何とかしたいと、一度柔軟になって考えても、最後には、今あるものという形に帰って行きます。

そして気がつくと今あるものの型の形になるプロジェクトも多いです。

人数の多いプロジェクトは迷走しやすい

基本的には設計であるため、人が増えれば増えるほど混乱します。

一般にこの人の意見もきいて、この人の意見もきくということが良しとされることが多いためです。

ここでいうこの人というのはプロジェクト内部やユーザーであったりさまざまです。

作ったものを出す。その反応をヒントにする。もしくはその反応を想定しながら作る。映画と同じで、結末を観客に選ばせたところでおもしろくなるものではありません。

ユーザー中心で迷走する

ユーザーテストをすればすべて解決するかというとそうではないことは大抵の人は肌で感じています。

というのもそもそも何かと何かを比較する基準や単位を作り出さなければいけないからです。

数学と一緒で、数字というのはまずこれを1とすると割り切るわけです。

数学は正確かもしれませんが、数字そのものは雑にこれを1と決めるところからスタートしていることを忘れてしまうと、ここもテスト、あれもテスト、わからないからまたテストというように、小さいものを切り刻むようなプロジェクトになってしまうこともあります。

ある種、雑であることを受け入れてからスタートしなければいけないのは多くの人が肌で感じています。

プロジェクトが複雑だとできあがるのが複雑化しやすい

設計であるけれど、ある程度の人数でやらなくてはいけません。

その際に、プロジェクトが複雑化するとどうしても管理しきれなくなります。

シンプルな方が新たに参加する人も参加しやすいというのはやはりあります。

会議を重ね、理論やデータさらに細部に至るまで徹底的に選択肢をだし検討するという意気込みの元に、細分化された複雑なルールが出来上がってしまうと、メンバーの満足度は上がりますが、壊れやすいジェンガのように、どこを触れば良いかすぐにわからなくなってきます。

2012年07月19日 14:53Fujii

絵を描くときに考えていること

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絵を描くときに考えていること

人によって描き方はそれぞれ、たまたま考える機会があったのでリストアップしてみました。

立体的な物体としてイメージしてから描く

元々平面的な絵を描いていたのですが、ちょっと前から物体をイメージして、それをある角度から見ていることにして描くようにしています。

そうすると絵の中に現実と似た世界が広がりやすくなるのでそうしています。

真逆の書き方だと、ステンドグラスの宗教画とか、もうちょっと図に近くなるかもしれません。

それはそれでおもしろいとおもいます。

わくわくする世界を描く

なんとなく世界が小さくなりがちなので、漠然とわくわくするイメージを目指すようにしています。

もしかすると、絵というのはある程度自分が知っているものを描くことが多いためそのまま素直に描くと小さい世界になりがちなのかもしれません。

せっかく絵なので単純になんかすごいとかそういう世界を絵にして見せることも楽しいのではないかと思います。

あとは自分が描いていて楽しいとおもいます。

動きのある絵を描く

これは最近考えるようになったことです。

しかし、動きがあるというのがどういったものを指すかはまだわかりません。

単純に、運動としての動きのほかに、ストーリーを感じさせるような絵を描いてみたいと思っています。

もうちょっと正確にいうと、ストーリーを感じるシーンを絵にするということになるかもしれません。

奥行きのある絵を描く

遠近感がある絵は、写真でいうと単焦点レンズ、つまりズームレンズを使用しない画といえるかもしれません。

つまり、自分の足で寄った視点からの画です。

野球でいうと、ピッチャーとキャッチャーが同じ大きさに見える超望遠の中継映像ではなく、ピッチャーの真うしろにカメラを構えたような映像です。

俯瞰をしすぎると親近感、臨場感がなくなるというのは絵でも当てはまると思うからです。

ゆがんでも気にしない

もともと絵は何かを無意識のうちにピックアップします。

そして絵だけでなくそもそも人は自分が興味あることなどから世界を認識します。

つまり、ゆがんでいるのです。

なので、絵がゆがんでも気にしません。

パースをきちっとした絵ももちろん魅力的ですが、うまい人はその中にも人の認識に近づけるためにゆがませていると思います。

CGとかもそういうのがあるかもしれません。

何か考えて描くのもおもしろい

何も考えずに描くのもおもしろいですし、何かを考えて描くのもおもしろいです。

絵を描くというのは身体的な動きを伴いますので、何度も描くと描けるもしか描かなくなりがちです。

そういうときには何かひとつでもテーマを持って描いてみるとよいかもしれません。

2012年07月10日 20:14Fujii

掃除、収納、片付けのコツ

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掃除、収納、片付けのコツ

最近は「減らす」「重ねない」「床に物を置かない」の3つを考えるようにしています。

減らす

量が多いとよくないです。

単純に捨てる、売る、食べるなどなどとにかく減らすことが大事です。

無理なものは無理と認めて減らさなければ進みませんが、意外になぜか避けてしまいがちです。

重ねない

重ねてしばらくするとなかったことになります。

しまうと決めるのであればまだ割り切っていますが、普段使うものは重ねないほうがよいようです。

忘れてしまわなかったとしても、よく使うものを下から引っ張り出せば散らかります。

なのでなるべく重ねない。

床に物を置かない

床に物を置くと散らかって見えます。

床に置きたくなったら机の上などに置きます。

邪魔です。

しかし、床に置かない。

片付けるときがきたのです。

今がそのときなのだと思います。

なぜ考えたのか?

仕事柄「要素を使うことを考えながら配置する」ということをやっています。

片付けをしていて、なんとなく仕事モードで考えてみようと思いやってみました。

UIと似ているところ

「減らす」ことが鍵である点が似ています。

空間に制限の無いコンピュータシステムでも結局人間が使うので、その人間が扱える量の中で表現しないといけなくなります。

家の物と同様に基本的には「増やす」圧力がかかりがちなので、「減らす」ことが必要になります。

「重ねない」というのは、前述の人間が扱える量にしたうえで、規則性を持って並べるということと似ています。

コンピュータシステムの場合は並び替えは得意ですので、 家の片付けのように散らかっていても瞬時に整理できる点は異なります。

レジ袋を結んで袋にいれていましたが、細長く絞って袋に縦にいれると使いやすくなりました。

規則性を持って並べることの利点だと思います。

「床にものを置かない」は、余白と似ています。余白は何かを敷き詰めるのではなく、余白自体がまわりのものを分類したり、整理したりします。

また、床には置かないというように、ある一貫性を作ることで役割を整理することも似ているかもしれません。

おそらく床に物がちらかることで、だんだんと床としての役割を失ってなってしまうのかもしれません。

片付けが下手な人はUIデザインがうまくできないか?

そうは思いません。

人間は多面性があるので、仕事キッチリ、家ダラダラと切り替えることができます。

そう単純にはつながらないと思います。

ただ、現実の物でもコンピュータ上の見せ方でもなにがなんでも「捨てるのがもったいない」という人ではうまくいきにくいのかもしれません。

葉っぱ一枚しか着ない原始人(想像)はシンプルなUIを作るのでしょうか?

2012年07月04日 14:54Fujii

UIデザインといってもユーザーが目にするという意味では最初からビジュアルデザイン

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UIの要素の違いを表現し過ぎてしまうと失敗する

要素同士の表現が統一されていればユーザーは同じような種類であると認識しやすくなります。

ただ、たまにある失敗ケースとして、違いを表現し過ぎてしまい、逆に違いを表現できなくなることがあります。

ある要素とある要素は同じものであるけれど、一方は利用頻度が少ない。なので目立たないほうが良い。

しかし、利用頻度が少ないが重要であるため目立たせたい。

このようになってしまうと、結局目立たせるのか目立たせないのかはっきりせず、表現が中途半端になってしまい、下手すると微妙に異なる二つの要素が生まれてしまい、そもそも二つの要素同士に関連があるのかという大前提も成り立たなくなるときがあります。

分類を複雑にしない

何かと何かを分けることだけにフォーカスするのでなく、最終的にユーザーに提示する分類をどうするか考えることが必要になります。

結果的に大分類である、要素の役割を伝えるために、あえてその下位の小分類は表現しないことが解決方法になります。

UIデザインとビジュアルデザインが切り離されて検討されることもありますが、ユーザーは最終的にはビジュアルしか目にしません。

最初から配置、大きさ、表現も含めて検討していかなければいけないということです。

そういう意味では、最初からビジュアルデザインであり、ビジュアルデザインで表現できる分類でないと実際には意味がなくなります。

比較的多いのが、概念主体、ロジック主体シナリオ主体で分類を決めてしまい、ビジュアルで表現したときにはじめて微妙な差異となっていることに気づくというケースです。

大きな分類すら見えにくくなるのはどういうときか?

現実の世界でも、例えば、地上、二階のレストラン、上層階の発着ロビー、空には飛行船というように階層があります。

これを乗り物だからこれとこれは似せる、この人とこの人は似ているから場所を寄せる、椅子だけ集めるなどなど、分類を絞らずにやってしまうと、もともと見えていた大きな階層すらわからなくなってしまいます。

複雑にしすぎないためには、まずは大きく分類し、大きく階層化し、支障の無い範囲で細かな違いを出すことを検討するのが王道になるとおもいます。