2011年03月23日 23:05Fujii

「mixi疲れ」とは何か? その2

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システムは人によって脳内のイメージが異なる

注意する点は、同じシステムを使っていても使う人間によって、使い方が異なるということ。

使い方がどう異なるのかは、その使い手がイメージしているのは何かを考えないとあまりわかってはこない。

目の前の「使い方」が違うということだけしか見えてこない。もちろん、使っている本人もわかっていないので、想像するしか無い。想像する際に、目の前の「使い方」から「使い手の脳内のイメージ」を「推測」する。

推測の際のステップは次のようになる。

1.目の前のものをまず見る。

目の前にあるものだけを見てもダメだけども、目の前にあるものを見ないとはじまらない。なので「使い方」を見る。

見るときの注意点は、あまり一般的なイメージだけでとらわれない。「楽しいからやっている」とか、「必要だからやっている」とかそういうことだけに当てはめないようにする。

2.似たようなものを探す

広く似たような使われ方をしているシステムや概念がないか考える。実際のコンピュータシステムでも良いし、そうでない概念でも。(今回はメッセンジャーやチャットのようなサービスとつながりを考えた。)

3.似たようなものをヒントにどういった位置づけなのか考えなおしてみる

その似たようなものとどのような点で似ているか考えてみる。主に、使い手の中でどういった位置づけなのかを考えるのが大事だと思う。

全体で大事なのは実は自分の経験のストック

ステップを行う上での大前提として、「自分の経験」がいかにストックされていて、それを引き出せる状態にしてあるかが必要となる。

例えば、ステップ1で使い手が常に「楽しいからやっている」「必要だからやっている」と思ってしまうのは、「人間が常に何か目標を持って行動するもの」と思っていることからくる。

振り返って、自分自身が「かならずしも目的を持って何かをしているわけではない」ということを知っていれば、なんとかそういうことも想像する可能性が広がる。

自分の行動をサンプルにストックしておき、推測をするときに引き出せるようにしておくことが大事。

特に大事なのは、「人間は矛盾する行動をとる」ということ。理路整然と正論通りに人は動くと思っているとなかなかストックされていかない。それは、ストックする際にスマートな形でストックしないといけない気がするからだと思う。そこでネジ曲がった形で認識されてしまうのかもしれない。

むしろ逆かもしれない。「ネジ曲がった人間のいびつでヘンテコリンな行動」をまっすぐに伸ばして認識してしまうと言う方が近い気もする。

ネジ曲がった人間のいびつでヘンテコリンな行動

「意味はわからないけどこういうことをした」「矛盾するけどこういうことをした」「ずるいけどこういうことをした」「理にかなっていないけどこういうことをした」というようなことをなるべくそのままストックしておく。中にはそういうことをしない人もいるかも知れないが、大抵の人はしている。

そういう自分を含む人間の「矛盾する点」をひとまず「知る」ことが大事。それができれば、あとは比較的スムーズに行く気がする。ストックできていれば引き出すことも自然と出来るはず。

今回のmixiの場合も、自分の中にほんの少しでも両方の型の経験が無いならば、想像はできないと思う。その経験はほんの一瞬でいい。「自分はそんな勝手な人間ではない」となかった事にすればその小さなきっかけは失われてしまう。

2011年03月17日 01:15Fujii

地震について

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たまたま暗い画像になってますが停電中に描いたわけではありません。

2011年03月03日 02:04Fujii

「mixi疲れ」とは何か?

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「mixi疲れ」とは何か?

よく聞く言葉ですが、なんで「疲れる」のかな?どういう人が「疲れる」のかと考えてみました。

SNSはいろんな人が使っていますが、なんとなく「色々見たなら反応しろ!」という人と「好きに見させてくれ!」という2つのタイプがいるのではないかということです。

これは、ひとつのサービスでも、脳内にイメージしているサービス像が異なるということだと思います。

脳内に異なるイメージがあれば対立もする

そもそも前提とするイメージが異なっていれば、同じサービスを利用していても対立してしまうこともあります。

つづく。