2009年11月28日 23:19Fujii

大規模なユーザビリティの改善時に考えておくこと

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優れたビジュアルデザインの前後に、優れたルールのデザイン』と同じで、小規模よりも大規模で関わる人が多いプロジェクトを想定しています。

目次

  • 基本的な問題
  • やりとりの問題
  • そもそもの問題
  • まとめ

基本的な問題

まずは、以下のマンガで解説です。

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ということで、『優れたビジュアルデザインの前後に、優れたルールのデザイン』でも秩序が必要だということを述べましたが、一つのものを作るのに関わる人数が増えると大変なことが色々でてくるわけです。1人ではできることができなくなってきます。

また、担当者が変わると、経験がうまく伝達されずに、同じ失敗を繰り返し起こすということもあります。このことを含めて改善活動を考えていかなければいけないと感じます。

ポイントは、秩序とは統一感なので、突出して知識がある人のほかに、ある程度関わる人のレベルを一定にするための基準であったりが必要なんだと思います。

やりとりの問題

社内システム、業務システムなどの場合は、比較的使い方というものが想定できます。ソフトウェア、Webアプリケーションなどもある目的のために使われるということを想定しています。

逆に、意外とどのように使われるのか想定していない上に、どのような人が使っているのかもわからないのがWebサイトだったりします。

単なる広告の延長でつくっているサイトもあれば、そうでないサイトもあったりで差が激しい感じがします。ですから、Webサイトの場合は、「なんのために使う」のかがはっきりしていないこともあります。

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そもそもの問題

社内の業務を見直したほうがいいとかですね。情報システム部門の方でも、「うーむ、いきなりそこの問題だとすると、全社的な問題になるので・・」というようなことですね。

Webサイトの場合は、ユーザがそもそも見えませんので、その把握になります。もしくは、新しい企画を立てる際に、ユーザを想定していくときに考えるような問題です

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個人ではわかっているとおもいますが、当然3つめが大事です。ですが、既存のものと組織を変えていくということは、そのような順番でいくとは限りません。関係する人がふえればふえるほどそうなります。さらに組織的には権限のある人がどう取り組もうとしているのかが関わってきます。

まとめ

「完璧を求めすぎず、できるところから手をつける」ことだと感じています。

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2009年11月27日 04:03Fujii

UI、UX、IXという用語を少し説明

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少しこれからUI(ユーザーインターフェース)とか出てきそうなので自分なりにざっくりと説明しておきます。

【UI】user interface(ユーザーインターフェース)

UI(ユーザー インターフェース)は、ユーザー=利用者と接する表象です。とはいっても、ざっくり言うと画面のことです。業務システムやWebアプリケーション、Webサイトなどを利用するということを前提にしています。劇で例えると、舞台の見えているものです。

【IX】interaction(インタラクション)

ここでいうIX(インタラクション)は、利用者と画面の相互のやりとりです。クリックしたらどうなるとか、画面というよりも動きや反応という連続するものをどう構成していくか、ルールを作り秩序を生むかというあたりです。劇でいうと脚本や、舞台上の動き、台本、コンテのようなものです。

【UX】user experience(ユーザー エクスペリエンス)

UX(ユーザー エクスペリエンス)は、ユーザー=利用者の体験です。部分の機能とかではなく画面の連続性などに影響を受けた体験を、常に忘れないように作っていこうというような感じですね。ユーザーとの距離が離れている場合にこそ良く使われるのではないかと思います。舞台で言うと見た体験ですね。

なんにしても、土台は人間です。

UX(ユーザー エクスペリエンス)は、結構利用者になる前の体験も含めて使われる言葉かもしれませんがちょっと分けますね。土台は人間なので、図では一番下に大きく書いてあります。

どうしていくつか分けるの?

どんな言葉が良いのだろうということで色々増えたのだと思いますが、自分なりにざっくりと分ける理由はひとつです。

改善をする際におおよそどのあたりのことが、そのときの計画(プロジェクト)に関係するのかをはっきりさせて、現実的にそれぞれ対処していくためです。

2009年11月26日 01:26Fujii

アイデアだけが先行しがちなときの対処法

アイデア出したけど、実際に具体化する際に問題が起きないようにするためにやると良いことについて書いてみます。

目次

  • 作りたいものを具体化しながらアイデアを練る
  • 言葉からシーンをイメージする
  • Webサイトのアイデアを具体化しながら練るとすると
  • 計画(プロジェクト)のプロトタイプを作りながら考える

作りたいものを具体化しながらアイデアを練る。
本来、アイデアを出す際のブレーンストーミングは、なんでもアリです。ただ、デメリットというかうまく活用できない場合というのは、そのまま具体化のことを考えずに走り出してしまうことです。

必要なのは、ひとつだけです。

作りたいページを具体化しながらアイデアを練る。

言葉からシーンをイメージする

これも、1人で行う際にはそれほど必要ではありません。関わる人が多い場合には必要になってきます。言葉からシーンをイメージするということとも関係があります。

ユーザのシーンだけでなく、自分達が何かをやろうと言葉を発したときに、どのようにシーンを思い浮かべるかは人それぞれ違ってきます。

Webサイトのアイデアを具体化しながら練るとすると

では、ちょっと一例を以下に。

ちょっとしたメモを想定していますが、以下のように話しながら具体化することでも関係者が何をどこまでシーンにできているのかギャップが表に出ますので結構変わってきます。経験によって、頭の中である程度できるメンバーだと不要になると思います。

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あとで問題が起きそうなところまで進めてしまうことが目的です。

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経験に差がある場合は、驚くほどギャップがあることがあります。体験しなければピンと来ないこともありますし。

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ふわふわしたときに使いましょう。

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こんなイメージでというものをはっきりさせることが目的です。正しいとか良いアイデアを生むとかそういうことではありません。

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できたつもりで止まらないようにするだけです。

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横軸の基準は、決まっていません。おそらく痛い目にあったときにこういう部分をはっきりしておけばよかったということになります。なので、一人の失敗を、きちんと共有して生かすためのものですね。正直人の失敗に耳をかたむけないと使いこなせないです。

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想定は理想と現実の2パターン出します。ワンクッション置くと、気持ちや建前のスケジュールが一度口から出て消化されるので、比較的現実を見据えたものがでてきます。

まとめ

以前に、レイアウトのパターンのエントリーを出しましたが、種類は違いますが似ています。レイアウトの記事のようにパーツを入れ替えていくことを頭の中でできる場合は不要です。ただ、不要な人でも具体化して紙にペーパープロトタイプとして書くとまた脳内に余裕ができますので良いこともあります。なによりも、関係しているほかの人とイメージを共有できる良さがあります。

つまり、今回のようなことは、計画(プロジェクト)のプロトタイプを作りながら考えることなんだと思いました。

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2009年11月25日 03:48Fujii

優れたビジュアルデザインの前後に、優れたルールのデザイン

普段はUIコンサルティングの会社で仕事をしていて、ガイドラインの作成などに関わることがあるのですが、たまには日ごろ感じていることを少し書いてみます。

どちらかというと、小規模よりも大規模で関わる人が多いプロジェクトで、いわゆる「デザイン」を作って案を出す人よりも、その「デザイン」を管理したりチェックする方向けです。サイトと書いてありますが、業務システムでも色々関係します。

目次

  • 情報デザインとビジュアルデザインをつなげる
  • ルールを作ることのメリット
  • 優れたビジュアルデザインの前後に、優れたルールのデザインを
  • 単純なビジュアルのルールではない
  • 「押す部分がわかる」を一覧表で管理すると

情報のデザインをビジュアルデザインにつなげるために必要なこと

情報のデザインをビジュアルデザインにつなげるために必要なこと、それは「ルールに基づいた一貫性をデザインすること」です。

ルールを作ることのメリット

ビジュアルデザインの前に、ルールをデザインする人、ビジュアルデザインの後に、ルールをチェックする人が必要です。ルールを作ることのメリットは、制作会社のデザイン案を判断するときにルールがあると、好みの問題ではない部分を判断できることです。特に、一貫性という意味では、関わる人数が増えれば増えるほどルールが無いとコントロールが難しくなると感じています。2人なら飲み屋もすぐに決められますが、飲み会の幹事だと大人数は大変ですよね。

優れたビジュアルデザインの前後に、優れたルールのデザインがあると良い。

例えば、雑誌の優れたビジュアルデザインをそのままWebサイトに採用すると、よくいうような「デザイン案」という意味では全く見た目は同じです。しかし問題が起きます。

Webサイトの「利用者は操作する」という特性や、「どこを触ればページが変わるのか?どんな機能があるのか?」が雑誌のように物理的にわからないという特性があるからです。

その差を埋めるためにルール=一貫性のデザインが必要になります。この場合のデザインとは、雑誌自体が持つ物理的なルールの代わりになるような、Webサイト内に秩序をもたらすルールを作ることです。

自然の物理的なルールは誰も変えられませんが、サイト内のルールは関わる人が多い中で保たなければいけないというところが今回のエントリーで一番考えていたところです。

ちなみに、秩序があることによってもたらされるメリットは、サイトを見にきてくれる人にとって「何をどうしたらどうなるのか?」がわかりやすく、ストレス無くサイト内を移動し利用することができます。(ユーザビリティがUX(利用体験)に影響を与えるということは省略します。)

優れたビジュアルデザインの前に、優れたルールを。といいたいところですが、現実的には、最終的にデザインをチェックする際にも必要になりますので、前と後に。

単純なビジュアルのルールではない

極端にですが、ポイントは、このページは赤で統一しましょうというようなビジュアルのルールではありません。目に見えない「押す部分がわかる」ということをルールにしてガイドラインにします。「押せない部分」と「押せる部分」を区別するルールを作ります。振る舞いのデザイン、インタラクションのデザインの一種です。

「押す部分がわかる」を一覧表で管理すると

一番の問題は、「デザイン」を判断するときに、一枚絵だけでは見えなくなりがちということです。ルールと一緒に見ると、情報のデザインがビジュアルデザインとつながっているかがわかりやすくなります。なので、判断する方向けの一例です。

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簡単にいうと押せないと困るということです。ホントはこの前に、日本人相手に難しい英語を使っていないか?という「読む」の部分で考えておくこともあります。

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色の好みはおいておいて、まずは役割ができているか?から判断。

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色の前に役割を思い出してみます。

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目印をつけて区別する行為が、すでに情報のデザインだと思いました。

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単純に線を引いて知らせることもできます。

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色でも判断できるようにします。

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ざっくりした説明ですが、このように、ほかの「強調」という情報や、「見出し」という情報を伝えるときとの組み合わせなどをルール化し、判断するので複雑になりますし、実際にはルール自体をさらに整理したりします。なんにしても、最初はシンプルなほうが判断しやすいかと思います。

まとめ

まとめですが、ルールが必要な時は1人ですべてコンパクトに行う場合というよりも、計画の規模が大きいときや、組織の中で関わる人が多いとき、もしくは短時間で判断したいとき、そして、関わる人のスキルや場所や時間にギャップがありながらも進めていくときだと思います。

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2009年11月23日 01:24Fujii

今度は逆に、イメージした言葉をシーンで説明する

さて、ちょっとご無沙汰でした。前回の逆のパターンです。言葉をシーンで説明してみるとどうなるのか考えてみました。

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普通は、自分が見たものに関しては、視覚的に体験しているので、シーンを言葉に変えることのほうが多そうです。しかし、今回はあえて、言葉を使わずに表現するならどうなるのかということに挑戦です。

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実は、これが役に立つと思うのには、2つ理由があります。

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1つめは、自分が体験したシーンを言葉にするときには、要約が必要です。ポイントを絞って省略するところは省略します。
その要約されたものをシーンで説明しようとすると、コンパクトに選択することができます。

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こういった、言葉とシーンを行き来することによって、それぞれの特徴がつかめてきそうです。

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2つめは、人が体験したシーンが文字で書かれていたものを読んだとき、もしくは、言葉できいたときなのではないかな?と思いました。そのときに再現するスキルがつくと思います。

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また、人の体験だけではありません。デザインとはいわゆる、ちょっと先の未来を想像してつくります。

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仮説の設定や、プロトタイプも、現状の問題を把握して、なおかつ自分が考えた未来をつくって人の反応をみるということだと思います。それは現状の利用状況の改善に限ったことではなく、なにか別のものを考えているときも同じです。

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つまり、自分が体験していない少し未来のことをシーンで説明するときにも結構役に立つことが身につくのではないかなと感じています。

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この部分は、シーンにできるとか、反対にここはシーンにできないから、やってみて情報を収集してみようとかそういう意味です。

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たかはたもみじ灯路

2009年11月15日 13:54Fujii

イメージしたシーンを言葉で説明する

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あんまり、マンガの意味がない気もしないでもないですが、文字から絵を自分で補完し、再現するという話なので、今回は絵は無しで。

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さて、今回は、なるべく再現しやすいように書いてみました。振り返ってみます。

  1. 頭の中にシーンを思い浮かべる。
  2. シーン全体の中で、省略するところは省略する。
  3. 各シーンで見えているものを具体的に言葉にする。

注意点としては、

  • 気持ちを文字にはあんまりいれない。
  • そのシーンで見たものを、起こったことを文字にする。

です。

伝えるために説明をします。方向やものの名前、何がどの位置にあり、どんな動きをするか?を説明するだけになるべくします。ここでやっていることは、絵を説明する文字を書くことです。そのようにして生み出された言葉は、読む人が比較的シーンを視覚的に再現しやすい言葉になるのではないかと思うからです。

また「気持ちをあんまりいれない」というのはどういうことかというと、シーンの組み合わせで伝えるからです。『おもしろパワーとはなんなのか』と同じ。

文字が絵と近くなるということを、『おもしろパワーとはなんなのか』で描いたカット割を例にしてみます。

「その人は何か下にあるものを無言で見つめている。りんごがそこにあった。」

「その人は何か下にあるものを無言で見つめている。ナイフがそこにあった。」

これは、絵でみるのと、かなり近いものを再現する言葉です。各カットに気持ちをいれないけれど、組み合わせ方に気持ちをいれます。いれますというか、どういう風に感じるかを考えるということです。

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2009年11月13日 22:43Fujii

「時間があるので、言葉を絵にする実験のために、atochottoをフォローしている人のついったーの発言を次々絵にできるか試してみる、なう」ということで描いてみた

とりあえず1枚目

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概念は難しい。絵にしやすさは、言葉が長いからとか短いとかは関係ない感じ。

2枚目

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おでんって言ってる人が2人もいて、ドトールって言ってる人も2人もいる

ついったーってなかなかおもしろいかも

なんか方向性がずれてきた3枚目。

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まとめの4枚目

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うん、リアルだ。みんな生きているんですね。当たり前か。でも、こう固定観念でなく、ちょっとリアルに感じますね。知らないものは描けないので、何を知らないのかわかりますし、頭が働くという感じです。前に自分で書いといて(『Twitterって「つぶやく」?』)、自分もついったーの参加者というのを忘れていました(笑)

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脳内に再現しやすい言葉、しにくい言葉

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言葉を読み取るときに

ユーザーのインタビューの結果から、読み取るということは、再現すること。うまく再現するためには、そこに登場する人物を想像することになります。 物語を作るという行為がちょっぴり関係するのは、それが理由です。

人間の行動とかを普段から観察していることで、再現しやすくなります。それほど大げさではなく、興味を持ったり、ホントの動きをじーっと見るとかそういうことです。いってることとやってることが違うよなーとか、そのことに本人も気づいてなかったりとか、そういうことに関心をちょっと持つということですね。もちろん捉え方に誤解があってもいいんです。興味があるということだけが大事だと思います。

そういったことで、再現する力に差が出るのは当たり前の話で、自分が経験を増やせば、その分野に関しては再現する力が上がることも十分考えられます。

ただ、経験以外にも2種類のパターンがあって、経験が無くてもわかる人と、経験があるのだけれどなかなかわからない人もいるということです。決定的な違いを感じているんですが、それについてはまた別の機会に。

言葉を使うときに

次に、伝える側の話では、言葉には再現しやすいものと、しにくいものがあるのでは?ということです。言葉を放つこと自体がとても楽しいので、忘れてしまうこともありますが、放った結果相手の脳内でどんなものを再現させたいのかを考えると、今までよりは話が伝わりやすくなるかもしれません。

インフォグラフィックは絵で伝えますが、そのインフォグラフィックを言葉で伝えるような感じだと再現しやすいと思います。インフォワード?インフォトーク?

インフォグラフィックはビジュアル化するということなので、ビジュアル化された言葉を使うというほうがしっくりくるかもしれません。

ちなみに

今回のような概念の話は、再現しにくい言葉になると思います。

ある意味写真も文字も同じなので、適当に組み合わせてはダメですという話

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写真も文字も、何かを伝えるために

以前に、このあたりで(『プロペパ君で作るオーソドックスなWebサイトのレイアウト(9パターン)』)レイアウトのパターンをあげるときにも書いたかもしれませんが、ワイヤーフレームにちょいと文字を書くのであれば、写真も同じように説明が必要だと思います。 写真も文字も、何かを伝えるために撮っているので、何でも良いわけではありません。

「ここはなんかシーンいれといてね、素材集から適当に選んで」

それぞれ得意不得意ありますが、「ここはなんか写真いれといてね、素材集から適当に選んで」なんてやっていると、パッと見はそれっぽく区別つかないかもしれませんがダメですよね。

たとえは極端ですが、映画のワンカットを、「ここはなんかシーンいれといてね、素材集から適当に選んで」って言っちゃうのにちょっぴり近いです。

キャプションとの整合性

またまた登場しますが、下の写真に説明をつけるときに、「東小金井駅から、小金井公園へ、公園の中を案内にしたがっていくと江戸東京たてもの園の建物が見えてきました」というキャプションとの整合性って大事。

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「写真を説明した文章」とそもそも考えているなら安心。困るのは、写真と文字は別で考えちゃう場合(『文字と絵の違いは?』)ですね。文章にあってないけど、「なんか写真いれといて」というような会話が出てくると、ストーリーの無いサイトになってしまいます。

もともとは、頭の中の辞書の辞書に関係するという意味では、写真も文字も同じなので。関係があったり意図的に並べ、組み合わせることが必要ということ。あたりまえか。

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2009年11月12日 00:53Fujii

写真を撮るときに1点だけ気をつけていること

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ECサイトや旅行サイトなどで写真で伝えようとするときも基本的には通ずるものがあるのかと思います。写真の視点が少ない(角度だったり、色だったり、外観、中身、料理などの写真で伝わる情報のバリエーションが足りない)と、もどかしいなーなんて思いますし。だから時には丁寧なブログのほうが良かったりします。対象はひとつでも、撮り方はたくさんある。

色々な視点でとる

その場を伝えることができればいいのではとおもいます。写真は一枚よりも何枚かで見たほうがおもしろパワー(『おもしろパワーとはなんなのか』)が高くなりやすいと考えているので組み合わせて楽しむことを念頭に。

近くから撮る

ぐっと近くから撮るとなぜおもしろいのか?普段の状態でカメラを構えて撮ると自分の視点と近くなるので、非日常感がちょっと足りないからかなと思っています。

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遠くから撮る

逆に遠くからも撮っておくと、全体がわかります。

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空を大きく撮ってみたり。

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高いところから撮る

手を上げたり、いつもの自分の視線の位置よりも高いところから

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低いところから撮る

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地面に置いたり、近寄るにも似てるけど、腰の位置からとかかな?小人になった気分になるのでおもしろいのかななんて。

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スライドショーをイメージして撮る

カットの組み合わせです。だから部分もとったり、スナップもあったりいろいろなものがあるとその場が再現されやすいかなと。

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一枚だと部分なのであまり伝わらないと思いますが、組み合わせのパーツとして。

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いろいろ。

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遠くからのもいれたり

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言葉で説明するように撮る

写真としてはつまらないけど組み合わせると意味がある写真ととるという意味なので、一個前のとかぶっているかも。

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以前にも載せましたが、こんなイメージです。単品だと、駅の入り口とか立て札はあまり撮らないと思いますが、組み合わせるとシーンが浮かび上がり、ひとつの流れのなかの大事な要素になるかななんて考えています。たぶん感覚的にマンガの1コマに近い感じです。

2009年11月09日 22:28Fujii

「なるほど!」が一度にやってくるのは、頭の中には保留中の「なぜだろう」がいくつもあるからかな

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ひとつの出来事なのに、なぜ、種類の異なる問題を進展させたのだろう?と考える

実際、なるほど、わかったかも!となるということは、それぞれの「なんでだろう?」ごとに起きますので、本来は全く別です。 しかし、きっかけとなる元はひとつの出来事なので、共通性もあるのではないかと思うとつながってきます。

ひとつの出来事なのに、なぜ、種類の異なる問題を進展させたのだろう?と考えるという感じです。

そうすると、関連がある部分が見えてきます。これは、それぞれ違うと思っていた「なんでだろう?」が、ある視点から見るとつながるのではないか?ということが見えてくるということです。

もちろん、同時に関連が無い部分も考えます。

次に別の出来事に出くわしたときに、問題と問題のつながりがわかっていると、効率よく進展する

この問題とこの問題がつながってるよということがわかると何か変わっていいことが起きるのかというと、そんなに変わりません。

ただし、次に別の出来事に出くわしたときに、問題と問題のつながりがわかっていると、効率よく進展させることができます。

と、説明してみたものの、自分は頭の回転が速くはないので、ときどき複雑に絡み合ってきたら、いったん「人間」というフレームワークで再確認して整理しながらやっています。
「人間」というフレームワークで大抵最後に残るのは、キャラクターの違いです。

簡単にいうと、料理でメニュー選ぶときもそれぞれ違いますよね。そういった違いです。

やっぱり、そこが一番おもしろいですね。

2009年11月08日 16:02Fujii

「靴を脱ぐ」ということが「単位化」されなかったのはなぜ?

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「靴を脱ぐ」ということを見逃していたのはなぜ?

「靴を脱ぐ」ということを見逃していたのはなぜ?と考えてみました。

その理由は、何かを考えるときに「単位化」します。その「単位化」の際に抜け落ちるのだと思いました。 「単位化」の難しい部分は、これなんじゃないかと思いました。

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「単位化」のひとつである「写真を撮る」行為も、気づいていなければできないことがわかる

写真を撮ることもひとつの「単位化」です。普通は、靴をとりません。家を撮ります。しかし、それでは、図鑑のようになってしまいます。 その場の良さや空気感を伝えるために撮るには、靴を脱ぐこともこの場の要素のひとつなのではないか?と注目すると、ようやくレンズを向けることができました。

自分でカメラを向けて撮るという行為は、自分で気づくことが無ければ起こりえません。 (一定の間隔の定点観測が面白いのは、気づきを外に任せるからだと思います)

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写真以外では、床を歩くときしむ音や縁側で家の中にいながら日光を浴びたときの暖かさも、要素になると思います。

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次回は、写真の撮り方のメモでも書いてみようかと思います。「写真を撮る」→「そこに注目する」ということで。

2009年11月07日 00:19Fujii

考えるとは、たくさんの方法で再現すること

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丁寧に考えてみることを心がけてみる。固定観念は一回捨てる。固定観念を捨てるというのも、ひとつのパターンなので、捨てておきながらも拾って、素材として公平に考えるようにする。

かっこ悪いところも考える。美しくないことも考える。たくさんつっこみをいれる。かっこいいこと言いたいだけじゃないか考える。何を触ったか考える。たった一つの大事なことが何かわかるまで考える。

たったひとつの大事なことがわかったら、それが成り立つために関係しているたくさんのことを考える。浅く考える。チープに考える。ぶっちゃけて考える。考えたことを捨てる。

考える前のことを思い出して考える。感覚を再現しながら考える。

字でコンパクトにあらわしてみる。絵で描いて再現してみる。再現する対象のものは何かをそのときの感覚を再現して考える

音を入れて考える。風を入れて考える。気持ちを考える。体にかかる重さを考える。疲れ具合を考える。

考えたことをまとめて、流れていく時間にあわせて考える。

考えるとは、たくさんの方法で再現すること。

2009年11月05日 22:44Fujii

「良さ」の構成要素を置き換えて考える

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前回、思考法といいつつ、何一つ書いてなかったことに気づきました。

さて、「良さ」って大抵言葉でかっちりと言い表す準備はできてないですよね。

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全体のバランスが大事だったりしますし。例えるならば、料理のように、全体のバランスがとれていて美味しいと思うのと似ています。

だから、インタビューで、どこが良いですか?とかきいても、テキトーな答えになります。 料理をしたことがなければ、そもそもどこがなにをかもし出しているのかわかりません。

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つけ麺のどこが美味しいの?といわれてもうまく答えられません。「つ、つけるところ?」なんて答えてしまいそうです。

それを大真面目に「つけるところですね、わかりました!もっとつけれるようにしたらたくさん食べてくれますか?」と言われても「わ、わかりません。美味しければ食べますけど・・・」としか答えられません。

もしかしたら、言った手前、相手にあわせて、「つけれるようにしたら食べる気がしてきました。いや、きっと食べます(って言ったら喜ぶよね)」なんてリップサービスしてしまいそうです。

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今回行った「置き換え」も結構そういうところがありますが、自問自答なので、相手に配慮せずに答えられるのがまだましだと思います。

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バランスは大事だとしても意図的に少し崩してみるとヒントが得られるものです。

料理でいうと、「ハンバーガーのパンを別のものに替えてみよう」というように一部を入れ替えてみるようなものです。その結果意外と美味しかったりすると、「ハンバーガーはパンじゃなくても良いのかもしれない、まあ正式なハンバーガーといえないかもしれないけど、これはこれで美味しいかもしれない」となります。

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実は、ちょっと前にポストイットでの手法について記事にしたのは、このように自分が感じた「良さ」を探るだけでも結構大変なので、「単位化する」までが結構バリエーションがあり、抜け落ちることもあるのでは?と改めて考えたのでした(『ポストイットで整理する手法ってどうなの?』)。

紙に書いて動かすのは目で見えるので便利そうですが、単位化する過程に頭の中に形作られていることがあることを忘れてはいけないのかなーなんて考えたのでした。

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2009年11月04日 23:24Fujii

「良さ」を分析する思考法

20091103.jpg江戸東京たてもの園という場所の良さを分析してみました。

ひとつのものの「良さ」を捉えるときにも、いくつかの段階の思考の方法があります。

ありますといっても、「自分はどう考えてるか?」を順番にたどっていった結果、こうやっているということが浮かび上がってきました。

なぜにわざわざ自分の思考の方法を考えなくてはいけないのかというと、二つの理由が思い当たります。

  1. 感覚できっかけをつかむから。
  2. 保留の状態の疑問が頭の中にたくさんあって、何かをすると同時に進展するから。

主にこの2点です。

感覚できっかけをつかむ

「感覚できっかけをつかむ」のは、客観的にみないということです。主観でおもいっきり楽しむといったことです。大抵客観的に見るとつまらなくなりますよね。ミニチュアを上から見てる気分と、小人になったつもりで目線を下げて見るのでは、おもしろさの種類が違います。周りから見るとくだらないことでも、本人は熱中してる事だってあります。その感覚は大事。

また、建前ではなく、本音が集約されていたりします。 本音というか生の状態です。ボールを投げるときに頭で考えて、手をこう動かして、足を上げて投げます。と事前に言っても、いざ投げると違う動きをしていたりします。

なので、あとで、どうしたんだっけ?と振り返る必要がでてきます。

保留の状態の疑問が頭の中にたくさんあって、何かをすると同時に進展するから

小物入れを想像してみてください。マトリックス状に区分けされている箱が頭の中にある。それぞれが未解決テーマ、ちょっとした「気になる」「なんでだろう?」です。

そこに、なにかのきっかけがあると、ほぼ同時に区分けされていたところに新しい情報がふりそそぎます。で、それぞれ進展する。これは、順を追えるほどゆっくりではなく、短い時間で起こりますよね。なので、あとでどう考えたんだっけ?と振り返る必要がでてきます。

そんなこんなで、このブログには「思考法」と「江戸東京たてもの園の良さ」というふたつの関係なさそうな話がポンポンと連続で描かれてたりします。

ポストイットで整理する手法ってどうなの?

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思考法として考えると

ポストイットで何かを整理するという方法に接していて、のどに魚の小骨がひっかかった気分がずっとしていました。その理由はなんだろうな?と思っていたんですが、こんなことかなと思いました。

まず、自分にとってですがポストイットに書くという思考法が役に立つとは思いつつも決してメインの思考法ではないということなのだと思います。

役に立たない?というわけではない

では、役に立たないかというとそうではない。

役には立つ。ただし、自分にとっては同程度で役に立つ手法はほかにもたくさんあるということです。
ポストイットに書き出すという行為は一体何をやっているのか?考えてみます。

どのような思考法なのか?

まずは、単位化です。

小さな紙におさまるように書く。 しかし、実は単位化されたものの、キーだけが紙に残り、そのキーと照らし合わせるべき事象は、じつはその人の頭の中にあります。

これは、ほかの人が単位化したものを見て理解するのが難しいことを体験してわかりました。単位化された事象のキーだけが紙に表されているので本人以外は、キーだけ見ることになるので理解ができないということです。

つまり、当たり前ですが、ポストイットに何かを書くことが唯一の方法ではないことがわかります。 事象の単位化は、単位化した本人の頭の中で行われているので、そういったことができればポストイットを使う必要はありません。

もちろん、単位化の後に、単位化した事象と紐付けられたキー(つまり字が書かれた紙)を目の前で物理的に動かすことで、頭の中の単位化された情報を同時に刺激して動かすという特徴は、ポストイットの特長です。

長くなりそうなのでとりあえず、ここまで。

2009年11月02日 02:45Fujii

人の気配のあるデザイン 〜江戸東京たてもの園に行って〜

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「体感で得る情報」

人間は、向こう側の人間を感じとっている』の続きにもなりますが、今回は足を運んで改めて感じたことです。

認知的ウォークスルー、ユーザビリティテスト等、体を動かしてみると得られる情報があります。「体感で得る情報」です。

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Webサイトもそうですが、情報の構造は、立体的な建造物ではないので、そういった点がおろそかにされがちです。

なぜおろそかにされがちかというと、インタラクションの変化になるので、物理的に目の前に可視化されているわけではないからのような気がします。つまり画面自体は見えても、相互作用や画面の順番、それぞれの関係性というのが目に見えないことが最大の理由かもしれませんので、単純に建造物は、自分で体を動かして感じることができるのでいいなーと思います。

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体を動かすことで無自覚にストックされていた生活の経験が反応する

体を動かすことがゴールではないんですが、体を動かすことで自覚していなくても、無自覚にストックされていた生活の経験が反応します。「あれ、頭ぶつかりそう」とか「ここで一休みできそう」とか「狭い」とかです。

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ほんとは、Webサイトも同じように動きを考えてつくることが普通になっていくとサイトのレベルの底上げがはかれるのかなと思います。とはいいつつも、隣の芝はなんとやらで、建造物もつくる前に把握しなければいけませんので、大変な面もありそうです。

単に家っぽいものを作るだけなら考える必要はありませんが、実際に何年も生活することを先に想像しながら作るのは大変な苦労がありそうです。

ですので、そこにものだけでなく人間をつねに考えなくてはいけません。

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作ったものに人の気配があるか?は大事

家は人間が住むものという当たり前のことがあるので、ものだけで成り立たないという前提はWebサイトの場合よりも浸透はしています。そして、実際に物理的に使ったり、使うことで物理的に物が増えたり減ったりしますし、それが目に見えます。ここはとても良いなーと思います。

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なので、今回見た「家」というものは、人の気配が自然と漂ってくるのだと思いました。

やることないなーなんて感じの晴れた日の休日にのんびり行ってみるのがおすすめ。『江戸東京たてもの園

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