2009年06月30日 23:19Fujii

『描いて売り込め! 超ビジュアルシンキング』を読んで 「要するに」が持つパワー

20090630.jpg

晴れた日に良く干した布団にゴロリとなりながら読んでみたい本です。

色々書いてあるんですが、なにより、出だしの紙ナプキンに手書きの絵というノリに近いものを感じました。本も手書きの図が満載です。

おもしろいなと思った点のひとつは、プロセスが、いわゆるHCDとかででてくる用語の堅苦しさや、アカデミックな感じが無いところです。

  • 見る(見ること=収集すること・スクリーニングすること)
  • 視る(理解する=選択し、塊に分ける)
  • 想像する(想像する=そこにないものを見る)
  • 見せる(見せる=すべてを明確に見せる) 『描いて売り込め! 超ビジュアルシンキング』ダン・ローム

色んなムズカシイ手法の名前があるけど、簡単にいうとこういうことだよねということです。堅苦しさは、一見きちんとしているように見えたり、何かすごいものかもしれないと錯覚するというメリットもあります。これはこれで、人生にわくわく感を与えるのでアリだとは思いますが、デメリットは、もっと本気で広い世界での共通言語にしたい場合は邪魔になります。難しい言葉は、探究心や期待感を持つ余裕がありそれ自体を楽しめる状況でならアリですし、単なる部外者が使うファッションとしてもアリです。

逆に当事者や特に行動に本気で移すときには、カタカナの手法を念仏のように唱えても体は動かず、結局「やることリスト」には、もっと身近な言葉で書くはずです。特にチームで動く場合は。

もちろんこの本は、HCDの本ではありません。プレゼンや営業資料作成用の本というテイストでこの本は作ってあると思います。

帯には大げさなことが書いてありますが、当然この「絵で考えること」にもデメリットがあります。例えば、自分はよく、絵にしやすいことが残りやすいのかなと感じています。 そのあたりは、忘れないようにしつつも、絵を描きながら考えるということについて色々書いてありそうなのでのんびり読んでみたいなと思いました。

「簡単な言葉」、「簡単なこと」、「難しい言葉」、「難しいこと」ってそれぞれ連動しないことも書きながら思いつつまたいつかそれは別で。

このサイト内の関連記事:

2009年06月29日 23:38Fujii

「情報のフック」と「本屋で本を探すということ」(追記あり)

20090629.jpg

新宿の紀伊国屋書店の東口と高島屋の方と、Book1stも行きました。結局見つからなかったのですが、なんと棚橋さんのブログを見ると、あったみたいですね。 大きい書店は、ほとんど検索マシンで探すのでそこで在庫切れになってたのでよく探しませんでした。フムフム、探し方が違うんだなーと実感。

いい機会なのでこのマシンについて。

さて、自分はamazonでも買いますが本屋をウロウロするのも好きです。 ウロウロモードのときは、本棚の背表紙を読んで、本の目次を読んで、本の中身を読んでとというように、階層があり、自分の中ではつながっている感覚でもあります。

ウロウロモード以外のピンポイントモードのときに検索マシンを使います。この検索マシンは、印刷の用紙が切れていたりするんですが、結構売上げと関係してる気もします。 自分はピンポイントモードのときはケータイで検索して本の名前を確認して、その後、機械を使って検索して、印刷して店内を探しに行きます。まだまだ活用の余地はありそうな機械です。

R0015368.JPG

紀伊國屋書店

紀伊国屋の「KINOナビ」が良く使うので慣れてますし、いい感じです。

R0015376.JPG

代えてもいいかなと思うのは、ボタンの場所とかですね。 基本的にはこういう端末は、下部にメニューのボタンがあったほうが操作しやすいと思います。

R0015377.JPG

あとは、ちょっと「戻る」と「一覧に戻る」がそれぞれどんな画面になるのかちょっと不安ですね。とくに「戻る」がブラウザの戻るを連想してしまうので押したいんですが、どこまで戻されるのか不安で押したことはありません。 自分はそう感じましたが、皆さんはどう感じますか?

Book 1st

Book1stのは小洒落た感じなのですが、ちょっとそれが使いにくい。読み込みも時間かかる印象があります。

今回使ってみたら、「該当しません」のような結果だった気がします。「在庫がない」と教えてくれるとそれはそれでうれしいかも。入れ間違えたかな?と何回か検索しました。どちらにしても、書店としては短期の売上げにつながらないので、優先順位としては下がってしまうのかもしれませんが、「在庫なし」なら予約する人もいないことはないのかなとも思います。とはいえ、自分はしません。

追記:2009/10/09

R0017095.JPG

Book 1stの写真も追加しました。今回気づいたのは、店によってタッチパネルの反応が違うこと。最初行った店はものすごく悪くて、一文字抜けてしまうくらいでした。今回行ったところはとても反応が良かったです。

前回同様検索でみつかりませんでしたが、やはり、「在庫がない」のか「取り扱っていない」のかわかりませんでした。まだこの機械でまともな検索結果を見ていないので、ちゃんと機能しているのかという疑いももってしまいそうです。

追記ここまで

丸善

丸善に置いてあったものは、小文字モード(ゃ、ゅ、ょ等)にしたときに入力後は自動で通常の状態に戻る点が「お!」と思った記憶があります。小文字はは二回続かないからだとおもわれます。 ほかの端末は、小文字にそもそもしないものもあります。

※ちなみに、端末は同じグループの本屋でも、異なるかもしれませんので、あしからず。

ジュンク堂書店

追記:2009/07/14

「新宿ならジュンク堂でしょ、いいよ」と言われたので、行ってきました。 うん、一番使いやすかったです(あっさり) 本屋自体も良い。

UIが結構地味なところがポイントですね。こういったものでも、使いやすさの観点から見れば一番になってしまうんです。(今回は完全に自分の使用感です、コメント欄でも色んな意見があるので見てみてください。) 営業的な視点を抜きにすれば、結局、こういった来店した人が頻繁に使うものは、単純に「UIがおもしろいとか、きれい」とかいうことはどちらかというと二の次で、きちんと色々な現場の視点から良し悪しを判断できるかがポイントなのかなと思いました。

さて、今回は、本屋が大きかったので「魔少年ビーティー」というコミックを検索してみました。 KINOナビと比べてみました。 小さい文字も選べる。しかし少し間が空いているので区別できる。 「検索する」が色がキーボードと違うので目立つ。

確かおぼろげですが、キーボード画面の前に入り口の画面があったような気がします。前の人が使って、キーボード画面で放置している状態がベストです。

DVC00016.JPG

追記ここまで。

これからこうなりそう

今の状態だと、探すときに自分がいるのは何階だっけ?とか、店内の棚の番号自体がちょっとオマケ程度についていたり、店員がわかる程度だったりしますが、そのうち端末の案内と、店内の棚の番号をみやすくはっきりと連動させたお店が出てくるのだと思います。端末だけにこだわってもしょうがない(ユーザにとってのインターフェースは、よくいうような画面のUIだけじゃない具体例)ので、端末の周りに地図をしっかり置くとか、階の表示をするとかマニュアルがでてくることでしょう。3枚目の写真の下のほうになにか貼ってありますが、これは自分にとってはごにょごにょゾーン扱いで、完全に見てませんでした。 あと、amazon化するのかな。レコメンドとか。

再度追記:

このサイト内の関連記事:

情報と接した人との間で起こる化学反応

summer.gif

まだ、六月ですが夏ですね。楽しんでいますか?

ブログをはじめてより顕著に感じたことがあります。

色々な人に感想を時々いただく際に、自分の意図していない部分や、全体の中の一部について強い反応をしたのだなと思うことがあります。 自分自身も、もちろんそういうことがあります。興味のある部分を見ます。視野を広く持つと言っても、もともと視野自体を無意識に選んでいるはずです。

当たり前のことですが、これは、ブログを読んでいただいた方の中で、何か化学反応のようなものが起こっているのだと思います。ですので、なにかヒントになったとしても、ブログを書いた自分自身が全く思ってもみない領域かもしれません。

具体例として今回絵を載せてみました。

文章は「明確」と思われがちですが、そうでもなく読んでいる人によって「注目する部分」が違います。 そういう意味で、「絵」と似たようなものです。

この絵を見て感じることは人によって様々です。 当然、それぞれの人が感じることを、描いている側が全部意識しているわけではありません。

つまり、比率はわかりませんが、この絵を見て感じたことを作り出したのは、半分はこの絵で、もう半分は見た人であるということではないかと思ったのです。 極端にいうと、絵をきっかけに感じたことを聞いたときに、はじめてその見た人のことを少しわかることができると思っています。

ちょっと、ドライな言い方ですが、絵とその人の間に花火のようなものがパチパチと散っていて、「ふむ、この人はこういう化学反応をするのか」という感じです。 その花火によっては、「そういう意味ではなかった」とか「そこに注目したのか」とか「それは、全く考えてなった」とか「考えていることに当てはまる部分をもってったかな」とか「なるほどなるほど、それは、こっちは考えていなくて、ぶっちゃけてしまうとあなたの力ですね」とか思うわけです。 この場合は、今度は、自分自身が感想とパチパチ化学反応を起こしているようなものです。

そんなわけで、毎日、なるべく色んな角度からパチパチさせていきましょう。

このサイト内の関連記事:

2009年06月27日 02:10Fujii

ブログはじめて一周年!

mangablog.gif

気がつけば、ブログをはじめて一年が過ぎてた! わーい!

Livedoor Reader 34名 Google Reader 73名 他、ちょぼちょぼ登録いただいているようです。 また、「なかの人」によると色々な企業の方も見ていただいてるようです。

読んでいただいてありがたやですね。 自分としても、キャラクターが4人に増えて描いていて楽しくなってきました。 わーい!

どうぞこれからも、気が向いたときにお立ち寄り頂ければ幸いです。

2009年06月24日 22:10Fujii

おかんのレシピの探し方

R0015471.JPG

Aさんの携帯電話の使い方に引き続き、身の回りインタビュー調査です。

料理のレシピについての調査

レシピサイトといえば「CookPad」が有名ですが、料理という生活の一部に焦点を当ててインタビューしてみました。なかでも、レシピサイトが盛況ということなので「レシピはどこからやってくのかな?」ということについて。やっぱり、単純におもしろいですね。

インタビュー結果

新しいレシピはいったいどこから?
  • テレビ番組を見て
  • 地域コミュニティをきっかけに
  • 素材をきっかけに
  • 図書館の利用は減ってきている
  • オリジナルレシピのストック
テレビ番組で見て
テレビ番組(ためしてガッテンなど)で見たものを、ネットで検索すれば載っているのでそれを見ている。 昔はメモしていたが、最近はネットで。 ネットで見た後は、紙に手でメモをする。プリントアウトはしない。 そういったメモを、ファイルにためている。 大きさは、大きいものでB5、小さいものはその4分の1程度のメモ。 材料と手順。図は無い字のみ。 きれいにワープロで打ったものはあるけれど、それは人にあげるときに使った。 フォーマットがある。それも、一枚の紙に4つ程度。
地域のコミュ二ティをきっかけに
地域の参加しているスポーツをするクラブで、友達が「これおいしいよ」と作った弁当を教えてくれて、そのときに作り方を聞く。 外なので、勧めてくれた人にレシピの細かい部分は聞けない、料理のうまい人でも味付けは「適当」と言っていて詳しくはその場でわからないことが多い。 しかし、ネットで検索すると出てくるので問題ない。 (勧めてくれた人も実は人から教えてもらったとか) 例えば「鶏肉 紅茶煮」。 検索するとたくさん出てくるので、100程度見る。 決まったサイトは特に使わない。お気に入りにも登録している料理のサイトは無い。「有名なレシピサイトがあるらしい」という話を父親が新聞を見て話していたのは覚えていた「何だっけ?」という具合。 出てくるサイトは、個人のブログからレシピのサイトなどたくさん出てくる。 その中から感覚で決める。 レシピの内容で経験からどんな料理か想像する。 写真の載っているサイトがほとんど、たまに個人ブログでは、「写真撮るのを忘れました」というのもある。 「じっくり煮込む」という表現のサイトもあれば「10分煮込む」と書いてあるサイトもあり、しっかり書いてあるほうが役に立つ。 ホットケーキを使ったケーキの場合は、レシピを見ながら、「これだとケーキっぽすぎる」「これだとそんなに変わらない」などと見当をつけていく。
素材をきっかけに
素材が手元にあり、それを使った料理を探したいときも、ネットで検索する。 例えば「ゴーヤ レシピ」
図書館の利用は減ってきている
図書館で本を借りる。 最近は「おせち料理」の本を借りた。最近はネットで検索することがほとんどで、あまりない。 料理の本を見て作らないこともある。 本は昔買った本が何冊か家にあるので、それを使っている。
オリジナルレシピのストック
ファイルには、本の切り抜きや、コピー。メモが入っている。 年に5〜6個新しいものが増える。 ファイルに入れているのは、ネットでいちいち見るよりも、手元にあるほうが使いやすいので。

自分が知らないと、聞きやすい

よく心構えとして「師匠と弟子」のように、「教えてもらう」ことが大事といいます。 今回は本当に知らないことだったので、とても根掘り葉掘り聞きやすかったです(「cookpad」は知っていましたが)。

地域のコミュニティのお弁当タイムで、料理のレシピが伝播しているとは思いませんでした。最初は「友達に教えてもらう」とだけしか言ってませんでしたが、突っ込んできくと出てきました。

また、たくさん見比べて吟味したうえで、そのままプリントアウトせずに手書きメモにしているのは、ある意味ちょっとした編集行為をしつつ覚えていくのかなと思いました。

そのほかに感じたことは、顕著なのが、「名前しか知らない料理を知りたい」→「ネットで検索」→「たくさんの作り方がわかるサイトが出てくる」という経験から、かなりこの行動が、「強化」されている様子でした。

みなさんの目にはどう映ったでしょうか?

このサイト内の関連記事:

『パフォーマンス・マネジメント―問題解決のための行動分析学』を読んで

20090628.jpg

今回の本は、古川健介さんという方のサイト(ロケスタ社長日記)で紹介されていて、おもしろそうだなと思い買ってみたら、自分としては当たりでした。自分が好きな感じのシンプルな本です。

ワークモデル分析とは何のためにやるのだろう?

例えば、ユーザー調査の結果(『Aさんの携帯電話の使い方』)から、ヒントを探したいときに、こういう考え方で切ってみるのはとてもいいんじゃないかと思います。もともと、こういう資料を見てすぐにおもしろい!と食いついて、読む前と後では自分が変化した!と感じるタイプの人と、ポカーンとしてしまうタイプの人がいます。

ワークモデル分析というのは、自分は「資料を色々な視点から切ってみるための質問」だと思っています。つまり、例えばシークエンスモデルでの分析は「この人は、時系列ではどんなことしてたの?図に描いて説明してみて」と言われてるのと同じことです。説明しようとすると、よく資料を読まなくてはいけませんので、すらすら読んでいたときとは違った読み込みができるというわけです。完成した図自体はある種どうでもよく(『『パソコンを隠せ、アナログ発想でいこう!』を読んで 熟考するために描いた絵は捨ててもよい』)、説明するために、その人自身が読み込むことができることが良い点です。

なので、こういったことがわかってない場合、図を一生懸命書いたとしても、「この図がなんの意味があるの?」なんて思ってしまうかもしれません。

推理小説でも、、推理が好きな人は、犯人が誰か知らない状態でも、時系列で描いたり、登場人物の相関図を眺めたりして、何かヒントは無いかと読み込むはずです。こういったときに、ただ図を書く人はいないと思います。整理して考えるために書くはずです。

行動分析学の「先行条件、行動、結果」という見方をワークモデルとして追加

さて、自分はワークモデルをそのように捉えているのですが、今回、紹介した本を読んで自分は、ワークモデルに追加したいと考えています。短期的に、その人は、どんな期待を持ってその行動をするのか?等の視点を資料を読む時に意識しやすくなればいいなと思っています。

ただ、これも結局は簡単に当てはめることが目的ではなく、「資料を色々な視点から切ってみるための質問」なのだと思います。本でも、物語形式なので登場人物達が「先行条件」「行動」「結果」について、すぐにあてはめて答えを出すのではなく、あーでもないこーでもないと考えるシーンもきちんと出てきています。

良いと思う点:

  • 表向きではなく、その人にとってのホントの行動の意味を考えやすい
  • 今までにどんなことで、どの程度、習慣化されて、どの段階なのか考えやすい
  • 行動の後の「結果」まで考えるので、対象の人にとってのメリットやデメリット、何を期待や予想するうえでの行動か考えることができる

では、読んだばかりですが、具体例を。

例えば、その人が、「コンビニでラーメンを買う」という小さいことについてでも、
「先行条件:夜中にお腹が減ったので」→「行動:コンビニでラーメンを買う」→「結果:お腹一杯になる」という分け方で本当にいいのか?と考えて、よく考えたら、「先行条件:オマケを集めていて」→「行動:オマケ付きラーメンを買う」→「結果:当たってオマケがそろってきた」なのではないか?といろいろな切り口で考えることができそうな気がします。

ほかにも色々書いていておもしろそうな本ですよ。

関連書籍:

パフォーマンス・マネジメント―問題解決のための行動分析学
パフォーマンス・マネジメント―問題解決のための行動分析学

2009年06月23日 00:29Fujii

本当にリッチな表現なのか考えるときのポイントはなんだろう?

購入後に、自分が買った物の情報をだらだらと調べるときの動画の続きです。

20090627.jpg

リッチな表現とは何か?をCGを例に考えてみる

「フォレストガンプ」という映画で羽が舞うシーンでCGが使われていて、当時、あれはいい使い方だと思ったことがあります。通常の映画からあまりはみ出さない使い方だったからです。「CGだと気づかれない」もしくは「よく考えるとCGかも」という程度がいいと思います。それは、あくまで映画というものの一部だからです。

では、「モンスターズ・インク」のような場合はどうでしょうか?全部CGです。でも、やはり映画です。自分はCGに詳しいわけではない素人ですが、見ていて、映画の撮り方を再現しているのではないかと感じました。それは、本来CGであれば制約をうけないのでやれることを、わざとやらないということです。

前後の物体を作るときに、後ろのものをぼかすことで、ピントを表現していたり、カメラワークも映画で撮るように動かしています。CGならではの、現実にはなかなか撮れないようなカメラワークを連発するとそれだけでシーンが浮いてしまいます。CG特有のカメラワークは極端にいうと、鳥の首にカメラをつけたように自由な動きです。(もちろんそういうダイナミックな動きは漫画的で売りになることもあります)

カメラワーク自体が、高さや視点の表現なのでその道の人にとっては、当たり前といえば当たり前なのかもしれません。あるべき水平線(地平線?)より登場人物の頭が下に位置していれば、カメラの位置のほうが、その登場人物よりも高い位置にあることが無意識で伝わるというような話です。

「できること」でも、わざと「やらない」という選択肢

新しい、できるからやるのではなく、全体を見て必要ならやることが大事なのではないかと思います。

「リッチ=動くもの」というのは、ちょっと楽しくないことになりそうです。マンガでは単純に速さで比べましたが、一見、古い技術の「htmlの画面遷移」も、遷移時間の短さでいうと上位です。ただ、上位になるといっても、「リッチ」といわれている技術で作られていて、遷移中に動きを入れることで長くなっているものと比較するからです。

具体的には、通常のブラウジング上で写真が表示されるときに、ふわっと出す表現です。HTMLの場合パッと出ます。技術は関係ないので、「パッと出ている」状態から比べると時間が突然かかるようになります。そのせいで、表現としては「退化」したように感じるのだと思います。

じゃあ、ふわっと出す時間をなるべく短く進化させると、結局元の状態が一番速かったということになります。それが、技術が普通のHTMLでも、表現として良いならそれでOKなはずです。

これらは、実際に試してみて思ったことです。

Flashのような動きができて、今までになかったけれども、写真の拡大など何度も使う動作でやると、かえってよくないのかなと感じたのでした。

もっといってしまうと、Flashのサイトなのか、HTMLのサイトなのかは使うときに考えていませんので、突然ルールが変わると混乱することは確かです。

どこからどこまでが、HTMLでどこからどこまでがFlashなのか、どこからどこまでが、パッと動いて、どこからどこまでが、にゅっと動くのかというのは、普段制作をしている人でも、ブラウジング時には意識せずに行動していると思います。

結局、大事なのは「できること」でも、わざと「やらない」という選択肢を持つこと

※Flashサイトが「リッチ」に見えるのは、単純に使われている写真が比較的きれいなものが多いからなのかなと感じることがあります。

そもそも「リッチ」な表現とは何だ?

文字だけしかない本は表現が「貧しい」のでしょうか?平面の絵は、立体の彫刻よりも「貧しい」のでしょうか?「少ない線で描かれたもの」は「たくさんの線で描かれたもの」よりも「貧しい」のでしょうか?「デフォルメされたもの」は「写実的なもの」より「貧しい」のでしょうか?「ドラゴンクエスト」は「ファイナルファンタジー」より「貧しい」のでしょうか?音楽は・・・・いい例えが浮かびません(笑)

ただ「リッチ」というからには、何かが「リッチ」になってるに違いないと思って考えると、おそらく、「リッチ」というのは「やろうと思えばできること」が増えたという意味なのかもしれません。それは、「リッチ」な選択肢であって、「リッチ」な表現になるかは、全く別です。ただ、それすらも、少ない選択肢でも、組み合わせ方を考えれば、ものすごい数になることもありますのでどこまで関係するかはわかりません。

たしかに、目の前の選択肢がなんとなく増えたように感じるときがあります。例えば、カメラをビデオに変えたとき。

しかし、それは、選択肢が増えただけで、「リッチ」な表現になるのかはわかりません。ビデオでも「1シーンを10秒以上撮ると後で見たときに退屈になるから気をつけましょう」というコツが言われるぐらいです。これを極端にしたのが写真であると考えれば、どっちが豊かなのかは全体を見て判断することでしか決まらないのかなと思ったりします。

よく考えると、少ない選択肢でもコントロールできない状態で、選択肢が増えると混乱しないか?

もし、選択肢が少ない状態でさえコントロールできないのであれば、選択肢が増えるだけ逆効果かもしれません。自分自身このつたないマンガも字から描きます。いきなり字と絵をひとコマづつ同時に描こうとするとコントロールできないことを思い出しました。小さなことからコツコツとやろ。

2009年06月21日 03:35Fujii

なぜ手書きマンガを書くのか?

20090625.jpg 20090626.jpg

ちょっとこのブログ自体について自分が最初に考えていたことをたまには描いてみます。

前に棚橋さんが、こんなことをおっしゃっていたのを思いだしつつ、考えたいと思います(笑)

どこが気になっているかというと、人間が普通に物理的な環境に存在するものに対して行っている行動を、無理やりGUIなどのデバイスによる操作に置き換えないでくれ、という点。 できれば僕自身は紙に手書きで書くから、あとは必要ならコンピュータ側で勝手に処理してくれと思っています。その意味で最近、藤井さんのブログのスタイルに憧れるw。 『第3回情報デザインフォーラム「インタラクションデザインの未来」』(DESIGN IT! w/LOVE)

さて、このブログは扱っていることは「ユーザビリティ」ですが、以前描いたように、自分のルーツはデザインでもなく、好きなのは「マンガ(エンターテイメント、人間描写をメインにした)」ですので、このような奇妙なブログになっています。

で、本題の「なぜ手書きマンガを書くのか?」について自問自答してみると、「ほかのやり方だと現段階では無くなるものが多かったので手書きでマンガで描く」になります。

無くなるものはなんだろう?

例えば、検索するためには、テキストを打たなければいけない。そうすると、手書きのよさがなくなる。

そもそもの手書きの特長は手紙を考えていただければわかるとおもいますので省略します。

棚橋さんの記事のノートの写真にしても、情報があります。自分のノートとは違います。そうすると、前に「棚橋さんは文字にすることでパッと整理する、自分はそれは苦手でパッと浮かぶのは人がはいっているシーンなのかもしれない」と思ったこととつなぎ合わせたりできます。

元々、マンガは文字と絵の組み合わせですので、テキスト情報だけになってしまうと、それはもうたくさん失うものがあると思いました。

文字だけだと冷たすぎるというか、顔が見えないので、人がいる空気感という情報がなくなってしまいそうだと思ったのです。

ある意味、絵文字のようなものですね。

出来上がるまでに無くなってしまうもの?

Illustrator で手書きを再現するのではソフトウェアの良さを発揮できていないし手間がかかる。 そもそも再現するだけなら意味が無いからスキャンになりました(紙の厚みや質感はなくなってしまいましたが)。

手書きについては、「出来上がったもの」という視点以外でも思うところがあります。「出来上がるまで」という視点から比べてもソフトウェアでの作業は、手書きよりも「乱れや偶然」が少なかったりしていて、良さはそれぞれあるけど元々別物なんだと感じたからです。

「乱れや偶然」は、何度も描いて線が変わってくるということもそうですし、極端に言うと、「カレーうどん食べたら描いてたものに飛んでしまって、こすったら汚れた、涙目になったが、土煙の表現に使えるかもしれないと思った」ということです。

そういうことに比べるとあまりにもIllustratorの線は均一すぎたり、乱雑にするとしても計算したり、現実にある乱雑さの再現になりそうなので、ちょっと別(の良さももちろんある)だと感じたのです。

より多くの情報をいれたかったから

そんなこんなで、文字がテキスト情報になっていないので、デジタルの良さを利用した「使いやすさ・わかりやすさ」がこのサイトには、欠けていると言われれば、「実は、そうなんですよ」という事です。(そもそも、見ている方は気にしていないとは思いますが)

「ユーザビリティ」を体現しようという部分もあり、そうでない部分もあるという感じですね。だから、本当は厳密に言えば「HCD」のほうがまだしっくり来るというか、もともと持っている感覚に近いので、ああなるほど、そこに帰っていくんだなあと感じています。

ちょっと、複雑な理由なのでごちゃごちゃしましたが、「手書き」なのも「マンガ」なのも、自分からしてみると、より多くの「情報」が入れられると思ったからなのです。

2009年06月20日 15:57Fujii

購入後に、自分が買った物の情報をだらだらと調べるときの動画

■↑購入後に、自分が買った物の情報をだらだらと調べるときの動画(Youtubeへ)です。 音楽:Purple Planet

概要

シーンと状況 「靴屋さんでスニーカーをパッと買ったあと、家で」

タスク 「考えずに買ったけど、コレはどんな靴だろうかとちょっと調べてみることに」

誰が? 「自分」

20090624.jpg

「その後」もひとつのシーン

「買う」というのは、お金が右から左へ移動する(別の何かが左から右へ移動する)という一場面で、そのほかにもたくさんあるシーンの中のひとつだと思っています。 今回は、買ったあとのシーンにあたります。

このセールスマンは、この家を私に売り付けようと努力していたときよりも、むしろ私のものになってしまってから、この土地家屋が私にとって、とても立派な財産であるということを、言葉を強めて祝福してくれた。 『私はどうして販売外交に成功したか』フランク・ベトガー

ということを思い出しました。この引用は、「買う・売る」の話なので、ちょっとヤラシイ感じになりますが、それはおいておいても、ひとつの「買う・売る」という極端なワンシーンだけでなく、ほかにも色々なシーンがあることを考えさせられます。つまり、金銭の移動がからむ話でなくても、旅行の場合でも、「あの時いった旅行はよかったよね」と振り返ったりもします。そうやって、シーンはつながっていくのだと感じました。

「リッチ」な表現と「プア」な表現

Flashを使ったサイトについては、情報を探すときにかかる時間が長い。そういう意味では、使えばかならずリッチな表現になるかというとそうではないところが難しい部分だと考えています。

技術的な難易度が上がれば、貧しいものが豊かになるかというと決してそうではない。 「動く」ということはどういうことか真剣に考えなければいけないと思います。

「リッチな表現って、あれだろー、こう動くやつでしょ」っていう世界より楽しくなって欲しいので、逆に「リッチ」といわれる技術が簡単になって、純粋にほかの表現と比べて、選ばれていく方向が良いと思います。長い目で見ると、たぶんなるので楽観的ですが、また、別で整理してみます。

サイト内の関連記事:

関連書籍:

見ている人の側からの表現と運営側からの表現

20090622.jpg

ストーリーのある情報の実験も兼ねて。見ている人に近い立ち位置のキャラクターを登場させると入り込みやすいと思っています。 形は違いますが、Q&Aという形式や、使う人を主語にしたラベリングも近いものがあるかと思っています。Webサイトは大抵混ざってますよね。 「申し込みをする」は使う人から見ていて、ニュースなどで「新サービスの案内を更新しました」というのは運営側から見ています。

そういったものが、混ざり合っている物語性のあるものは、入りこみやすいのかもしれないと思うこのごろです。違うかな?

このサイト内の関連記事:

2009年06月18日 01:20Fujii

関係者から見たインターフェースの図解

インターフェースの中のWebサイトを例に、図解してみます。 分けてありますが、視点ごとです。なので、一人の人でもいくつかの視点を持っていると思います。

the_persons_ concerned_model.png

情報構造設計の視点を持つ人

サイト全体から俯瞰する。サイト内の導線の把握。情報のラベリングやカテゴリ分け、ナビゲーションを考える。 ビジネス寄りの視点では、レコメンド、誘導の要素も考える。 例:インフォメーションアーキテクト、CMSによる運営の管理者、キャンペーン担当者

ex_ia.png

人間の視点を持つ人

ターゲットの体験を考慮する。提供側の人材育成を考える。利害関係者の調整。 例:ユーザー調査を行うデザイナー、体験にもとづく企画の立案者、プロジェクトマネージャー、人材育成担当者

ex_ux_resercher.png

時間の視点を持つ人

スケジュールの予測と、進行速度の調整。 例:進行管理系のディレクター、タイムキーパー

ex_time_keeper.png

お金の視点を持つ人

収支の把握。金銭面の費用対効果測定。回収も含めた現金以外の管理も含む。 例:予算管理者、財務担当者、見積もり作成者

infoglaphic.png

数字の視点を持つ人

ログ上の数値の増減の経過を把握する。プロジェクト目標管理の数値の把握する。 例:アクセスログの解析者、プロジェクトマネージャー、広告キャンペーン担当者

ex_chart.png

プログラムの視点を持つ人

例:プログラマー、システムエンジニア

ex_geek.png

システム全体の視点を持つ人

例:システム設計者

ex_system_a.png

サイクルの視点を持つ人

例:戦略立案者

ex_cycle.png

立ち位置の視点を持つ人

例:戦略立案者、マーケティング、営業

ex_map.png

また、時間のあるときにすっきりまとめてみたいと思います。

関連記事:

2009年06月17日 01:05Fujii

情報構造設計についての覚書

20090621.jpg

情報設計の話と質的データの分析の話は、つながる部分も多い

今回の本は質的データの分析の話ですが、このところ描いていたカードソートあたりの情報設計の話ともつながる部分を感じます。

分類というのは、「似たもの集め」の要領で、資料やデータをいくつかのグループにまとめていく作業を指す。(中略)これに対して、配列というのは、資料やデータを何らかの機械的な基準にしたがって順序よく並べていくことを指す。 『QDAソフトを活用する実践質的データ分析入門』佐藤 郁哉

どちらも、一筋縄ではいかない対象についてですので、共通点を感じるのかもしれません。 なので、ユーザー調査のデータを分類してブログ(クローズドの)に入れて整理するのはどうなのかなと考えたりもしました。一覧性はなくなりますが、検索はしやすいかもと考えたり。写真とか動画の資料も載せやすいかも。

と考えると、ブログ自体が何かの資料の塊のようにも見えてきます。

配列は機械的、分類は中身がわかってないといけない

ざっくりとですが、配列は、ある程度の項目例えば、「商品番号」がわかれば並べることができます。 分類は、もうちょっと、対象を色々な角度からみて、どう似ているのか考えなくてはいけません。

実際に、サイトの情報構造設計では、どうなるのでしょうか?

このブログをモデルに考えてみました

まず、「日付順」に並べるのは、「配列」に当てはまります。これは、ブログのシステムが何もしなくても、並べてくれます。

では、次に、「タグ」です。これは、「分類」になっています。しかし、これは、ほっておくとどんどん増えてしまいます。悩みどころです。 カテゴリーは今のところ使っていません。タグで代用していますが、タグもイマイチです。

「タグ」をきっかけに良い情報構造をつくるには?を考えてみる

「タグ」の分類がなぜうまくいかないのか考察してみます。コマカイ分類まで可能なので、際限なく増えてしまうからではないかと思います。意図的に、タグも階層化させておくと良さそうです。

例えば、「ユーザビリティラボ見学」なんて記事があった場合、

「ユーザビリティ」(大分類)、「ユーザビリティテスト」(中分類)、「ユーザビリティラボ」(小分類)

とつけておくと良いのかもしれません。(うーん、そう簡単にはうまくいかないのがタグ管理)

使う人の、「目的」にあわせて分類する

情報を引き出すときを基準に考えます。「手法を知る」「イベントについて知る」という形です。 これは、分類ですが、ある種、手法を知りたい人には、このあたりの記事がいいのではないか?というのがわからなければできません。

記事を書いた本人と、タイトルだけしか知らない誰かが分けるのでは、だいぶ違ったことになります。つまり、情報の中身を良く知っていて、なおかつ、どうマッチングしたら良さそうなのかを知っているひとでないと、的確な分類はできないということがわかります。

中身を良く知っている人とマッチングする人は別でも良いと思いますが、チームでやる場合でも、情報構造の設計は、情報の中身を知っていることと不可分ではないかと感じます。 本格的にやるのであれば、情報の中身を知っている人と協力して行うことになりそうです。このあたりで、「配列」と「分類」の違いを頭に入れておくと混ざらなくて良さそうです。

一サイトでしかないので、ほかのサイトの分類も意識する

このブログも、見ている方にとっては、数あるサイトのひとつですので、このサイト内のローカルルールを覚えなくて良いのであれば覚えたくないはずです。ですので、WebというひとつのDB上の一画面だと思って、ほかの画面もリサーチすることが必要かと。もうちょっといえば、Web以外の分け方も、変に線引くことなく、参考にすることが必要かと思います。

分類の項目は、一定数に限定する

きっちり分けられなくても、このどっちかかな?というあたりがつけられればよしとする考えです。「ユーザビリティ」「デザインで心に留めておくこと」「マーケティング」「動画で説明」くらいにしておくとか・・・。「人間中心設計」について知りたいときはどうするんだろう?どちらかというと「ユーザビリティ」かな・・・と押してくれるのでしょうか?

と、まあここまでが第一段階で、記事下の関連記事というのも考えてみる

記事を読んだ人というある種、状況が限定されているので、その人に合わせた分類はしやすいかもしれません。それを行っているといえるのが、よくブログの記事の最後にあるリンクです。メモはとりあえずココまで。

このサイト内の関連記事:

2009年06月16日 00:56Fujii

デザインをインフォグラフィックで図解

ずいぶん前から考えていることですが、なんとか図にできないものかなと作ってみました。

ユーザビリティ、情報デザイン、UIデザイン、はたまたHCD・UCD、IA、UX、HCI、おもてなし、マーケティング、営業・・・・関係の方は、ざっくりとこのようなイメージを持っているかと思います(って勝手に決めちゃうのはよくないので、自分は最初こう考えていました)。

で、ちょっと何か足りないなあと思っていた点を考えながら作ってみました。

image01.png

ここで、気になるのは「見えるもの(例:インターフェース)」は同じでも、 「捉え方(例:フレーム)」が変わると、「見えるもの」も変わるということ。大事な点はこっちにもあると思います。 人によって「捉え方(例:フレーム)」は違います。

image02.png

そして、実は、同じ人だったりする場合もあります。 例えば時間によって、「捉え方(例:フレーム)」が変わります。

image03.png

大事なのは、こちら側からも観ること。

image04.png

たまには、マンガではないのもいいかな(一応、インフォグラフィックといっていいんでしょうか?ってタイトルにしてしまってますが)と思って作りましたが、ご覧になっている方の捉え方=フレームによって、またそれぞれということだと思います。

ほんとうは、ほかのステークホルダーの視点も入れたかったんですがちょっと今回は断念。

サイト内の関連記事:

関連(しているかもしれない)サイト:

2009年06月13日 13:06Fujii

Webサイト担当者になったらまずやること 後編

Webサイト担当者になったらまずやること 中編』の続き、三部作の最終回です。

20090618.jpg 20090619.jpg 20090620.jpg

迷走編です。

  •  「サイトを持ちたい」と思い作ってみた!
  •  最初はコンテンツをがんばって入れた!レイアウトも凝ってみた!
  • その後、更新が無くゴーストタウン化する。
  • そもそも、何の目的も無く作っていることにうっすら気づくが実感がないので、現状分析や目的の再設定、2つの間のギャップを洗い出す気配が無い。
  • 「見る人」の視点がまだ無い。
  • サイトは見たことがあるが、運営はしたことが無いので、全体像の捉え方がずれている。
  • なんとなく見た目を変えようというリニューアル話が出てくる。
  • 気に入った見た目になるまで何度も作り直すが、何のためなのか目的を見失う。
  • アクセスログになぜか興味が無い。
  • 「情報発信」というキーワードが出てくる。
  • ネットを見たり、とりあえず自分で実験的に活用してみるという気配が無い。

ということで、ブログでいろいろ試してみたらいいのではないかと思います。

自分でやるので省エネ=つまり効率化もはかれると思います。何が無駄で、何が大切か自分なりに感じるものがでてくると思います。 ブログをやる前には、しばらく、人のブログを追っておくとリスクや活用の仕方に関する情報を手に入れられると思います。 できれば、よく訪れるサイトをRSSリーダーに登録したり、ソーシャルブックマークを使ったりと、読み手側としても色々試してみることも重要だと思いますが、そのあたりはすでにほかの方がたくさん書いているので、省略します。

続き書きました→『Webサイト担当者になったらまずやること2 前編

サイト内の関連記事:

Webサイト担当者になったらまずやること 中編

Webサイト担当者になったらまずやること 前編』の続きです。

20090615.jpg 20090616.jpg 20090617.jpg

作ってみたものの・・・編です。

  •  「サイトを持ちたい」と思い作ってみた!
  •  最初はコンテンツをがんばって入れた!レイアウトも凝ってみた!
  • その後、更新が無くゴーストタウン化する。
  • そもそも、何の目的も無く作っていることにうっすら気づくが実感がないので、現状分析や目的の再設定、2つの間のギャップを洗い出す気配が無い。
  • 「見る人」の視点がまだ無い。
  • サイトは見たことがあるが、運営はしたことが無いので、全体像の捉え方がずれている。
  • なんとなく見た目を変えようというリニューアル話が出てくる。

今回はココまでです。 続きは次回。↓ 『Webサイト担当者になったらまずやること 後編

サイト内の関連記事:

2009年06月12日 00:08Fujii

Webサイト担当者になったらまずやること 前編

よくあるTipsやツール類の紹介はほかの方の秀逸なエントリーがありますので、空気感がわかれば良いかなと思って、物語風にしてみました。



20090611.jpg

20090612.jpg

20090613.jpg

20090614.jpg

典型的なパターンの前半です。



  •  「サイトを持ちたい」と思い作ってみた!
  •  最初はコンテンツをがんばって入れた!レイアウトも凝ってみた!


今回はココまでです。
続きは次回。↓
Webサイト担当者になったらまずやること 中編



サイト内の関連記事:


2009年06月11日 00:58Fujii

ブログプロトタイピング法

20090609.jpg

カードソートでの分け方の話でしたが、その過程で自分はこのブログのエントリー内でリンクを張りました。実際のWebサイトの企画でも、インタラクションの少ないものは、ブログを使ってプロトタイプ化できます。会議中に同時進行でもできるくらいです。ですので、カードソート法の後に、ブログプロトタイピング法でイメージを共有すると良いかもしれません。

インタラクションが少ないといっても、ページ遷移の感覚は共有できるに越したことはありません。少し手馴れた人であれば、写真も入れることができます。 たいてい、規模が小さいサイトの場合は、「このままこのブログでいいじゃん」となるでしょう。 ブログ運営とサイト運営の近さを知っている人と知らない人の溝は、意外に深いものですので一石二鳥です。

ブログプロトタイピング法はカードソートで分けた後に、すぐに企画の続きをイメージしやすい(ここに、こういう写真が必要で・・・ここにAへのリンクがあるといいねとか)ので便利だと思います。

次回は、溝についてついでなので描いてみます。 ブログやってる人には目新しくは無いと思いますが、初めてサイトの企画をする人はおさえておくと良いかもというパターンです。

このサイト内の関連記事

2009年06月09日 23:54Fujii

発想するときは、常に水平展開してみる

20090608.jpg

今回は垂直軸が想像による「5W1H」でした。 ラベリングに当たっては、水平展開して発想するのは基本的な技だと思います。 誰が?ですと「従業員100名以上の企業の担当者の方」「従業員数が50名から100名の企業の担当者の方」などなど。

このあたりで、なにか手がかりの必要性を感じてくる方もいるかもしれません。 ユーザ調査について、よく感じることは、ある種手がかりに「飢えた」状態でないと、「だから何?」状態になってしまう人もいるのかなということです。 「飢えた」状態になったら、垂直軸に「ユーザ調査」を持ってくるといいかもしれません。

今回考えるにあたり、あらためて『雑誌で知ったトイカメラが気になったので調べるときの動画』を見てみました。 人間の行動はそれほど単純ではないので「5W1H」でスパッと整理しにくいですが、「ランニングコストが知りたい」「雑誌で見たイメージを頼りにしか探せない(振り返ると公式サイトに当たっているが、名前がわからないのでメニューから探し出せていなかった)」「使用した感想を知りたい」などが出てきます。

このサイト内の関連記事

2009年06月08日 23:06Fujii

探す人は、自分の状態ならそれなりにわかる

20090607.jpg

いったん整理しました。

目的はなんだっけ?

カードソートでラベリングした後に、いくつかラベリングの仕方でパターンが出るはずです。 そのいくつかでた分け方を比較する際のヒントを探しています。

要するに?

「自分自身の状態なら答えやすい」ということを考えています。探し物はわからないけど、自分が今どういう状態なのかは、比較的わかりやすいし、答えやすいです。前回の「見ているもの」もそうですし、そのほかにも、「やりたいこと」「経験したこと」などなどたくさんあります。

このブログで考えると今パッと思いつくところでは、

といういくつかの方向を思いつきます。

実は、入り口だけあっても良い。

その入り口にあわせて、中を作れば良いので。 例えば、最後の「ユーザビリティについて知りたいが、眠くならなくて字が少ない本を知りたい」というものに当てはまるエントリーはひとつも無いのですが、必要そうだけど、中身が無いならば、それにあわせて中身を考えても良いのかなと思っています。

このサイト内の関連記事

2009年06月07日 11:53Fujii

探す人の側にある情報のひとつ「見ているもの」

20090606.jpg

では、探す人の側の情報をどう思いついたら良いのか?探ってみます。

探す人の側にある情報のひとつ「見えているもの」

症状が視覚に現れていたので、重要視していたのだと思います。 基本的には、探す人は、そのときの自分の側にある情報をヒントに探すということです。そひとつが、「見えているもの」です。

「見えているもの」はどんなもの?

症状がでたときの記憶を頼りに探します。では、病気以外ではどうなるのでしょうか? カメラ修理の場合は、物理的に壊れたのであれば、その状態。画像がおかしいのであればその画像。 結婚式で使ったことに関してであれば、結婚式の様子。

そうすると、「見たもの」以外にもう少し広く捉えると「想像しているもの」も入ってきそうです。 ただし、今回の場合は視覚的に想像しているとものです。この二つは少しニュアンスが違いそうですが、ひとまずざっくりと。 また、分類に意味がありそうであれば考えてみたいと思います。

明確に探し物が決まっていない場合は、カードソートってどうなんだろう?

さてさて、次回以降も引き続き考えます。 今のところ、明確に探すものが決まっていない場合は、探す人の側にどんな情報があるのかセットで考えるとよさそうです。 カードソート法の考えが意味が無いわけではなく、その考えで分類してみて、いくつかできた分類自体を比較するときには探す人の側の情報を考えながらやるという役割分担でしょうか?

このサイト内の関連記事

2009年06月06日 13:56Fujii

「探す人の側の情報」って、どう思いついたらいいの?の準備

「探す人の側の情報」って、どう思いついたらいいの?特に自分が体験してないことはわからないし・・・、というときにコツはあるのでしょうか?

それを考える際に、実体験を振り返ってみます。 この中から、ほかに応用できそうなことはないかを探してみます。

ちょっとそれてますが、もともとは、カードソートからの話です。

「情報への感度」と「わかる」の関係について考える』の続き。 描いてあったんですが、載せていなかったものです↓

20090604.jpg 20090605.jpg

ます、整理して考える際に、自分のことですが振り返ると、「症状の概要」、「画像検索で本人が見ているものとの近似性」、「生活上で困った事例(学生なら学校で、社会人なら仕事上で、それもその方の業種や労働形態に密接に関連した事例)」、「時系列の症状の近似性」、「同様の症状が出たときのほかの人の行動」、「年齢によって症状が変化すること」など、ほんの短時間ですがこういった情報を得ているようです。

お笑いでいう「つっこみ」をいれられる心の余地

「レコーディングダイエット」なんてダイエット法があるみたいですが、それと似ていて、振り返ると改めて整理できます。

前にプレゼントする予定のものをネットでリサーチするときのユーザの視点の動画のエントリーの中のマンガに描きましたが、

自分としては、今回改めて自分のネットの使い方を興味深く観ることができました。 もはや他人に近いです。 『プレゼントする予定のものをネットでリサーチするときのユーザの視点の動画』のマンガ内より

この傾向は、時間が経つと特に顕著になるぞーと感じます。

ちょっと、今回マンガを描く際に、気をつけた点があります。 この人(自分ですが)はサイトを色々見るまで「対処法を今まで探していない」のです。

なぜだろうと思って、次のコマで、「もしかしたら、病気に関して知りたくなかったからかも、発想が無かったから、忙しかったから」と色々思いついたことを一瞬描きそうになりましたが、やめました。

というのも、この人(自分ですが)に「なぜ探さなかったのですか?」と質問して、「(うーん、なぜだろう・・・わからないというのもなんだし・・・・)症状について知りたくなかったからかも知れません(かっこいい!自己分析できてる感があって、ちょっと言ってみたかった!)」と答えてしまうというやり取りに似ていると思ったからです。

これだと、後付けですね。そして、言った本人もその後付けを、言っているうちに最初から思っていたことだと整理してしまうかもしれません。

ということで、聞くことが意味が無いということでもなく、言語化自体が役に立つ、立たないの話でもなく、こういった情報に対して「まー、後付けだけどね」と、自分でお笑いでいう「つっこみ」をいれられる心の余地は常に残しておく必要があると思いました。

このサイト内の関連記事

2009年06月05日 00:44Fujii

探す人の側にある情報と合うか考えてみる

20090603.jpg

続きです。

以前に描いた視界の一部が見えなくなる話(『「情報への感度」と「わかる」の関係について考える』)での例はわかりやすいかもしれません。

自分の状態やパラメータというかステータスはわかっています。ですので、その自分でわかる情報を手がかりに探しました。大抵の病気はそうだと思います。

ですから、カメラ探しの場合でも、探す人がわかっている情報を考えておく必要があります。もちろん名前がわかっていれば名前でラベリングしてもOKです。反対に、探す人の側に、商品名がない場合は、ダメです。病気であれば、病気名以外に症状。カメラであれば、海に行くとか、小学生とか、初心者とか、結婚式前とかいろいろな要素がありそうです。

※そういえば、こないだ友人の結婚式直後に閃輝暗点がまたでたんで困ったなと思っていたんですが、ネットで知った後頭部のマッサージをしていたら頭痛がこなかったです。関連があるのか一回なのでわかりませんし、偏頭痛といっても人によってまちまちなんですが、マッサージは特に害も無い(あんまりぐりぐりやると害がありそうだけど)のでお困りの方はダメもとで一度ためしてみるといいかもしれません。

次回は、探す人の側の情報とは?について。

このサイト内の関連記事:

2009年06月03日 23:07Fujii

状況にあっていない分類は違和感の原因

20090602.jpg

特に「あいうえお順」でうまく探せるということは、「名前」がわかっているということです。

例のように、その人の側に、製品名(例:「水中X」というカメラ)の情報はすでにあるので、その製品名をWebサイト上で照らし合わせること自体に、意味はなさそうです。もうすでに、知っている情報ですので。

なので、そもそもの話になってきます。照らし合わせた結果、何の意味があるのか? 以前に描いた『名前はまだ無い』にも似ているかもしれません。

次回は、今度は、その意味に注目することで、名前自体は優先順位が下がることもあるのでは?ということについてです。

このサイト内の関連記事:

2009年06月02日 23:16Fujii

カードソートで「あいうえお順」だけだとダメな感じがするのはなぜ?

20090524.jpg

カードソートで「あいうえお順」で分類すると、きれいに分類できます。クローズドカードソートでも、成功率は高いでしょう。ですが、なぜダメなところがある感じがするのでしょうか?

と、最近省略しがちだった自分の頭の思考プロセスも、丁寧にマンガにしてみています。 というのも時々、自分のマンガを読み返すと何を描いてあるのかさっぱりわからないからです。

絵を並べるように、接続詞を省いて文章を書くことにしているときや、単にスペースの関係で省略しているときもあり、もうめちゃくちゃです。(もともと連載のようなものなので暇な人は最初のほうから少しづつ読んでいただくとまだマシかもしれません。)

このサイト内の関連記事: