2009年05月29日 02:29Fujii

新キャラ登場

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カードソートの続きはちゃんと描きます。投げません。

カードソート法には、きれいな分類と役に立つ分類がある

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懐かしいです。フォトカードソートワークショップ。暑かった! そのときの記事はこのあたりです。↓ 『フォトカードソートワークショップ報告マンガです

ワークショップ自体は、分類をWebで使うことを前提に分けましょうというテーマでは全くなかったので、あしからず。

カードソート法で、きれいに分けることが必ずしも、役に立つ分け方になるとは限らないということについてマンガで描いてみました。ネットを使っている人は感覚でわかっていると思いますが、少し意識しておくと、よりカードソート法を有効に使えるのではないかと思いました。

でも、それとは別にこのワークショップで、カードソートは自分と他者の違いを目の当たりにするためにはとても良いと思いました。(違いはない場合もありますので比較と表現したほうが良いですね)やろうと思えば、思考発話法も体験できますし、それをメモすれば、ちょっとプロトコル分析も体験できます。で、分類するときは結構クイズみたいで楽しいんです。

ユーザビリティテストを体験しても良いんですが、少しムズカシイ。目の当たりにしてショックすぎて、ユーザーの使い方ってまちまちだよねと閉じてしまう人もいなくもない。また、そもそも少し仮説を持たないと観るポイントもわからなかったりします。下手すると予想通りと錯覚してしまいます。

カードソート法は、オープンカードソートの時が、仮説設定に自然になるのがすばらしいです。で、みるべきポイントも分類だけなので、捉えやすいです。

また、扱うものが少ないので、何度もできます。つまり、人間中心設計の重要なポイントである、フィードバックを元に何度も試す実験的な行動も自然に行えます。

なので、自分としては人間中心設計の導入や考え方の体験としてスゴク高く評価しています。はい。 それとは別に、このときのワークショップでは写真でやったというのもおもしろいですけどね。

話を戻すと、クローズドカードソートというのは、手元にある情報を分類する。実際には所有しているカメラの名前など明確にわかっている情報をメニューの中から探すときの状況に近い。では、それ以外はどうだろう?ということについては、次回。

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2009年05月27日 02:37Fujii

16×16の小さなアイコンの作り方

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ということで、一度、やってみたかった「How to」 のコーナーです。 興味ない人はココまででOKでーす。二度とやらなさそうなので、どうせなら丁寧に説明してみます(笑)

16×16の小さなアイコンの作り方

[Photoshop CS3]です。

準備

  • [編集]>[環境設定]>[ガイド・グリッド・スライス・カウント]--(グリッド項目 グリッド線を「1pxel」分割数を「2」)←今回は分割数1でよかった
  • [ビュー]>[表示]>[グリッド] 「ショートカットは「Ctrl+@」
  • [ビュー]>[表示]>[定規]
  • [ビュー]>[スナップ先]>[グリッド]
  • 16×16でガイドを2本引いておきましょう。定規のメモリのところからドラッグするとできますよ〜

すたーと!

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↓[ペンツール]でパスを書きます。ただし、[シェイプレイヤー]。書く前に画面左上の選択が同じ感じになっているか確認してみてくだされ。

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↓描いたら選択します。[自動選択]と[バウンディングボックスを表示]にチェックしてあります。

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↓レイヤーが選択されますので、そのまま下部の[fx]マークをポチっとして[レイヤースタイルを追加]! 表示された中から[グラデーションオーバーレイ]をポチっと!

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↓先に[レイヤースタイル]のウィンドウが開きます。右のグラデーションというところのバーをポチっとすると、[グラデーションエディタ]のウィンドウが開きます。 そのなかの、バーの下の四角と三角が合体している部分で色を変えられます。

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↓で、こんな感じにします。

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↓同じ要領で、パスをこんな感じで内側に描きます。

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↓同じようにします。今回は色が違います。

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↓もうひとつ[光彩(内側)]をチェックします。上の画像では選ばれてますが・・・。[サイズ]を1pxにして、色は白で。 面倒であれば、このステップはナシで!

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↓同じようにドア!茶色のグラデ!

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↓ドアの中!ちょっと薄め!

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↓屋根!面倒ならやらなくてもまあ良し!あんまり関係なかった!

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↓屋根の色はこんな感じで!

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↓レイヤーパレット下部の[新規レイヤーを作成]をポチっと!

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↓で[鉛筆ツール]でドット絵職人!下のように色は真似して屋根を描いてください。 パスだと斜めの線がぼやけてしまうので、ここは地道にポチポチと。多少崩れてもあなたのスタイルです。

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↓で、ゴミを描きます。うそです。窓です。正確には窓の扉です。色を変えやすいので自分はパスで描きます。 ドット絵職人でも良いと思いますが、パスで描いてます。2pix(0.5pixのグリッドなので間違えないでくださいね)

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↓逆の窓の扉も描きます。そして、窓も描きます。

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↓家の影をつけます。[グラデーションオーバーレイ]は不要です。ただし、レイヤーの[不透明度]を25%くらいにしてみてください。

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↓上で作ったレイヤーをコピーして、左右1pixだけ小さくして重ねます。面倒なら飛ばしてください。

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↓もうできてますが、ドアの上部にバーを。そして、ドアの下に階段をつけます。 目が、グリッドにやられてませんか?しぱしぱしてませんか?もう少しです!というか、もう、切り上げても良いですよ。

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↓がんばるあなたは、最後にドアノブをつけてみましょう。ぽちっとな。

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↓で、完成です![Ctrl+Alt+0]で倍率100%表示に戻りまっせ。 うーん、ちっさ!あとは適当に夢のオリジナルマイホームアイコンを作ってみてください。

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それではサヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

次回から、フツーになりますよ。

2009年05月26日 00:24Fujii

違う分野をつなげるために大事なことって何だろう?

意外なところで分野が違うことがつながる』の続きです。 すでに、書いていますが、違う分野をつなげるために大事なことって何だろう?ということについて。

意識しなければダメ

似ているところはなんだろう?と思うところがスタートな気がします。なので、つながるかもしれないと微塵も思っていなければ、はじまらないかな。逆に言うと、質問などのきっかけがあると良いのかもしれません。グッドクエスチョンはグッドアンサーへの第一歩。

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ブロッコリーって木に見えませんか?

こどものころから、木に似ているなあと思っていました。もちろん、違うものですが、幹のようなものがあってその先にわさわさくっついているので、不思議だなあと思っていました。大きさは違えど、形の構造が似ていると感じるんだとおもいます。

分野を越えたつながりを発見するときは、ブロッコリーと木の共通点を発見したときの気持ちになります。

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2009年05月25日 02:36Fujii

ユーザにとってのインターフェースは、よくいうような画面のUIだけじゃない具体例

資料シリーズです。すこしでも、スムーズに伝える手段になれば幸いです。

「ユーザーインターフェース(UI)が大事」といっても、液晶の画面の中だけのことを考えていると、ユーザが見ているものを想像することがなくなってくるよという例です。

結構、言葉では伝わらないこともあります。

■これが液晶↓

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■その周り↓

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■たくさんの情報があります↓

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■このように↓

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形状とかではなく、わかりやすい情報だけピックアップしました。 これらの情報が、液晶なのかステッカーなのかなんて、使うときは区別しません。必要な情報が欲しいだけですよね。もちろん、あたまのなかに、「ユーザーインターフェース」という言葉なんて一言も思い浮かびません。

「ロッカーどうやって使うんだ?」

コレだけですよね。

意外なところで分野が違うことがつながる

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意外なところで分野を超えた情報がつながって、自分の中で理解が一歩進むことについて。 ほんとに、小さいことから大きいことまで。

自分がよく発想と理解に利用する体験

過去のマンガを見直すと、自分が良く使うのはこれらのようです。

  • スポーツ(主に、可視することの置き換えで)
  • スノーボード(文化面があるので、スポーツから分けてます。メディアミックス、文化などの面で)
  • マンガ(演出の面で)

「Head Fake」も「分野を越えた情報」と関係がある

「Head Fake=頭のフェイント」という言葉もそうです。「あることをやりながら、違うことを学ぶ」側面がありますので。

なぜ違う分野がつながるのか?の答えは、もともとひとつだから

分けるということは、良いことです。とくに悪くはありません。ただ、「分ける前は、ひとつであること」を忘れてしまうことがよくないことなのだと思います。

「Head Fake」、そして、「楽しみながら学ぶエデュテイメント」は、人間が一連の流れの中から別のことを学ぶことができる可能性があることを表しています。

既に自分の中にある情報を分野を越えて関連させることができる人とできない人

今回のマンガの例だと、「財務諸表(P/LやB/S)」と「アクセスログ解析」の両方を知っていても、別々に考える人もいます。自分も、「財務諸表は、会社を表すといっても、どういうことと捉えたらいいかな?」と考えた後に、ん?Webサイトにとってのアクセスログ解析データに似てるところがあると思いつきました。

そこからは、ログ解析データでは、こういう面がわかるけど、こういうところはわからないぞ、では、財務諸表ではどういうことに置き換わるだろう?と考えていきました。

両方の情報を知っていても結び付けられる人と、そうでない人がいます。同じ自分でも、今回の例では、前後でちょっと違う人になっていると考えてみます。

意識しておくべき「もともとひとつ」ということ

もともとひとつであることを忘れないと、つながる部分を探しやすくなります。

もちろん、つながる部分は視点の切り口と不可分です。似ていても、こっちは違うということはあります。つながるのは、ひとつの視点からみてということでいいと思います、たくさんの視点から見てぴったり重なることはありえない。

具体例:友人主催の演劇を見てユーザ視点との共通点

厳しいです。観客が目の前ですから。ユーザ調査とかしなくても、目の前にいるわけです。そう考えると、ユーザ視点という言葉も変だと思うくらい観る人のリアクションを(嫌でも)知るというのは当然のことだと思えてきます。

逆もあります。演劇を見に来ているお客さんは、どういうタイプなのか?きちんと、内容にあった人へ紹介できているのか?感想の理由を聞くアンケートをどう考えるのか?など色々ユーザ視点という分野からフィードバックすることもできます。

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2009年05月23日 00:20Fujii

「視点を変える」を写真で説明してみる

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マンガもそうですが、同じ絵を続けると単調になりますので、カメラワークは意識します。ここの丸坊主マンガでもやっぱり意識します。

言葉でも視点は変えられますが、それ以外に自分が普段自然に考えていることを応用して、説明の手段として使ってみようと最近思います。試している動画も、言葉で「視点をかえるとおもしろいよ」と説明することの代わりや、補強にならないかなと思っています。

ぽつーんとした花の写真です↓

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で、下の写真は、ひゅーんと近づいて、花のほうから見たような写真です↓

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景色がちょっと違うので、見ているときの気持ちも変わってきませんか?

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2009年05月22日 00:35Fujii

雑誌で知ったトイカメラが気になったので調べるときの動画

■↑雑誌で知ったトイカメラが気になったので調べるときの動画(Youtubeへ)です。 音楽:Purple Planet

本屋で立ち読みして、そのまま帰ってきたけど、なんとなく気になったカメラを調べてみました。

■本屋で見たのはこちらのカメラ雑誌です

「チェキっぽく使えるトイカメラ」という印象が残った、Diana+にオプションでつけるものというものについて幅広く情報を探してみようという内容です。

おぼろげな記憶を頼りに探すというのが今回の特徴です。 人間の買い物の際の情報収集の様子ですのでECサイト企画の際には一度見ておくとヒントになるかも。

■良い写真を見るとアナログもなかなか良さそうと思ってきちゃいます。

概要

シーンと状況 「帰りに立ち寄った本屋でsnapというトイカメラを載せている雑誌を立ち読みして、帰ってきた。」

タスク 「なんだか気になったカメラがあったので、値段とか様子とか色々調べてみることに」

誰が? 「自分」

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2009年05月21日 01:47Fujii

Aさんの携帯電話の使い方

コンテキストインタビューしました

友達に携帯電話についてインタビューしました。居酒屋で(飲んでませんよ)。 その結果を、覚えている範囲で記しておきますね。Aさんのプロフィールは、控えめに・・・30代男性。なんとネットが家にないそうです。

インタビュー結果

利用のしかたとは
あまり使っていないが、基本的には以下
  • 電話
  • メール
  • インターネット
電話について
電話は、すぐに返事が欲しいときに使う。また、着信があったときにも使う。使用履歴を見るとかなり少ない。家族、友達が相手。
インターネットの使い方 価格を調べる
最近使ったのは、価格を調べるとき。そのときは、まずブックマークしてあるYahoo!の検索窓に、「価格.com」と入れて検索してサイトを開く。その後、サイト内の検索窓に「スノーボードブーツ」といれて検索する。検索結果が多いのでさらに価格帯で絞り込む。ここで、検索結果に普通のブーツも登場してきたので、価格帯を変えてみる。それでも、出てこなかったので、あきらめた。通常そんなに長いこと探さない。検索は家でやることが多い。携帯から購入したことは無い。電話がかかってきて中断した場合は再度探さないこともある。最近探したものは、自転車やビデオカメラも。
インターネットの使い方 ゲーム
「数独」というゲームをやる。画面メモしてあるので、入力し終わったら答え合わせのために、ネットに接続する。入力途中に電話がかかってくると、中断する。入力内容が消えてしまうので、再度、画面メモから開いて、入力する。全部で60項目程度ある。考える必要があるのでやり直しになる。「数独」をやるのは暇なとき。電車の移動中。寝る前。問題によって、一回5分から25分くらい。特にデータが蓄積されていくものではない。
最初だけ使った機能
マンガのお試し版。一回読んだだけ。
メール
電話などで中断した場合、メールは残っているので続きを打つ。間違って消してしまうこともたまにある。
起きるときに使うアラーム
朝起きるときにアラーム機能を使う。5分ごとに5回、着信音は通常のアラームの音。携帯電話のアラームの前に目覚まし時計がなるようにしている。仕事は遅れたらまずいので、回数を多くしている。仕事のある日用以外に、そのほかに使う時ように5パターン登録している。用途に合わせてその中から選び使っている。
携帯電話で失敗談
無くしそうになる。最近だと、スノーボードで一回。教習所で一回。また、下に落とす。
そのほか
いらない機能が多い。減らして安くして欲しい。必要なのは、電話、メール、ネット、アラーム。大体ネットで解決するので、ネットがあればいい。

インタビューをしてみて

テーマ設定は、横においておきます。それ以外で感じたこと。使い方を最初に全部答えるわけではないということ。ざっくりと整理して話してくれますので。アラームやゲームについての詳しい話は、聞き方次第でではでてこないと感じました。

今回は携帯電話を実際に使って再現してもらった部分もあります。再現なんですが熱中するとホントに世界に入り込み、言葉が届かなくなりますね。

これは、携帯に限らず、使っているところを見せてもらうときにいつもおもしろいなーと思う点です。すっと、「あ、今はいった」というのがわかります。今までどおりの話し方だと、あるときからぱたっとこっちの声が聞こえなくなります。

あとは、まとめてみると、聞き逃している点もありますね。必須ではないんですが、あれ、コレはどうしてだろうとか。最中は、それなりに根掘り葉掘りきいてる雰囲気なんですが、少し流れに身を任せている感もあるので。

大事なこと

最後に、冒頭にAさんは30代男性と書きましたが、この結果を単純に「30代男性にとっての携帯電話の位置づけ」と捉えるのがいいのか、「携帯電話の位置づけパターンA(たまたま30代男性)」という捉え方がいいのか、もしくはさらに別の捉え方がいいのかを、一度落ち着いて考える事はとても重要だと思います。

24時間簡易エスノグラファー気分で

普通、インタビューってなかなかしません。日常生活の中で、隙あらばちょっと聞いてみる気分でいると楽しいですよ。年齢差とか普段接しない人と話をする機会があったらチャンスです。美容室とか良いですよ。時間もあるし色んな人いるので。

そういう視点だと結構色々見えてきます。

ケータイの使い方を覚えないのは「教えてもらう」というコミュニケーションのほうが大事だからということ。携帯電話の使い方を、娘や息子に聞くことをきっかけに、コミュニケーションしたい。そういうシーンも目にします。だから、ある意味、使いやすいものはダメなんですね。

女の子でもいませんか。頼り上手な方。これは、なかなかの上級者で、頼る、頼られるをコミュニケーションに使っているのだと思います。こういう女の子はあんまりかわいくなくても人気があったりします。

脱線しましたが、日々いろいろ発見です。

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2009年05月20日 02:19Fujii

週末に友人の結婚式に出るので週末の天気を調べておくときのユーザの視点の動画

■↑週末に友人の結婚式に出るので週末の天気を調べておくときのユーザの視点の動画(Youtubeへ)です。 音楽:Purple Planet

タスクによっては、非常に短く終わるときがあります。 ただ、長い時間がかかるものと、すぐに行き着くものであるかを普段は意識して生活していません。 そういう意味では、一度やってみるとどんな特徴のあるタスクなのかというそもそもの前提が掴めますので、気軽にやってみることをオススメします。

例えば、時間が無いときにできることなのか、それとも、空いた時間にちょこっとできることなのかです。ん?一緒か?時間に余裕が無いとできないのか、そうすると中断の可能性もあるのかなど。

また、短いからといって発見が全く無いかというとそうではないと思います。複雑な手順は無いので、発見は少ないかもしれませんが、今回のように「週末」と入力することを、企画の際の仮説設定のヒントにすることもできるのではないでしょうか。

概要

シーンと状況 「週末に友人の結婚式に出る」

タスク 「週末の天気を調べておく」

誰が? 「自分」

シーンと状況から考えてみる

シーンと状況は、いわゆる「コンテキスト」と呼ばれる部分です。今回のように作業が短く終わってしまう場合は、動画からは、あまり得るものがないかもしれません。

なので、コンテキストの重要性が少し際立つかもしれません。

よく、コンテキストって聞くけど、なんの役に立つの?と感じている方もいるかもしれません。 簡単にいってしまうと、シーンや状況によって、必要性や重要度が変わってくるということです。絶対的な基準が物自体にあるわけではないということです。

通常、寒いときに扇風機はいらないし、熱いときにストーブはいらないと思います。ですから、扇風機そのものの良し悪しはシーンと状況と切り離せないので、セットで考えましょうということです。

今回の場合、シーンと状況を考えると、具体的には、週末の結婚式のためには、その場所までの路線検索もするかもしれませんので関連付けておくと役に立ちそうという仮説が浮かんだりします。

また、逆の発想もあるかもしれません。路線検索する人はどこかに出かける人です。ですので結果表示と一緒に目的地の天気の状況も出すと役に立つ可能性があるのでは?という仮説も立てられます。

そのシーンや状況の中で、その人にとってその対象(サービス等)を使うことにどういった意味があるのか?というシンプルな問いから発想のヒントが生まれてきます。

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2009年05月19日 02:00Fujii

LANが使えることを条件にして宿を探すときのユーザの視点の動画

■↑LANが使えることを条件にして宿を探すときのユーザの視点の動画(Youtubeへ)です。 音楽:Purple Planet

少し動画の扱いに手馴れてきました!

今回は、旅行サイトや宿のサイトの運営や企画をしている方だと何か参考になる部分があるかもしれません。 運営会議、企画会議の肴(場合によっては主食)にしてみてください(笑)

概要

シーンと状況 「Web業界の人との勉強会をする宿ってあるのかなと調査。

タスク 「LANが使えることを条件にして宿を探す

誰が? 「自分」

自分ですが、時々自分ではないような気にもなる

おそらく時間が経った後などは、余計わからなくなることでしょう。 自分が普段判断基準にしていることは、このように自分が使っていることを前提にできているのか?それはとても大事なことだと思いました。

自分の行動を基準にしている自覚があっても、実は認識していた自分の行動自体がすでに違う可能性もあるということを忘れないようにしたいです。

情報を受け取る準備を

で、想像するためには、あとちょっと良いサイトさんにもある通り、きちんと、どういうシーンでどういう人がどういうタスクを行うのかということを自分の中 で明確にしておいて、タスクを行っている間も、「このページはもう飽きたから、次はこういうコンテンツを探そう...えーと、ナビゲーションは...えー と、おい、どこだよ!ナビゲーションは!」みたいな感じで、実際に声に出して、それを録音してみると良い思います。あとで聞いてわかりやすいので。 stopmotionfilm

こちらで、stopmotionfilmさんが「音」の重要性を書いていらっしゃいます。

音の無い動画は少しアクセス解析のようであるとも書きましたが、自分も「音」による情報もとても大事だと思います。そんなことを考えながら思ったことは、注意する点は、stopmotionfilmさんのように実感していない場合は、聞き流してしまう可能性もあるということです。

動きのみの動画の情報で、もうちょっと音があれば・・・!と物足りなさを感じて、心の準備ができた頃が、より「音」の情報をうまく受け取れる状態といえそうです。

情報があるからといって、受け取る準備が無ければ、目の前をただなんとなく流れていってしまうと。 このあたりを最近は考えています。

情報に対して腹ペコペコリンチョ状態を

回転寿司で「サーモンが来ないかな?来ないかな?」と思っている状態だと、目の前を通ったときに見過ごさないのと同じです(笑)

逆に、それがないと、流れていく寿司達は背景になってしまいます。

濃く情報を受け取るためには、一度、情報の一部を削ることや、段階的に足していくことで、感度を上げれるのではないかと感じました。

あえて、情報に対して腹ペコ状態を。

僕も、想像できるように頑張ります。 stopmotionfilm

僕も、想像できるように頑張ります。

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2009年05月18日 02:40Fujii

プレゼントする予定のものをネットでリサーチするときのユーザの視点の動画

■↑プレゼントする予定のものをネットでリサーチするときのユーザの視点の動画(Youtubeへ)です。 音楽:Purple Planet

今回は少し広めですので、ユーザ調査に近くなります。問題のありそうな箇所の発見という意味ではユーザビリティテストと似ているともいえます。

長めの動画ですが、Webマスターの方には何か参考になるところがあるかもしれません。もちろん使い方と言うことではソフトウェアや、製品やサービスなど広い範囲の方にヒントになることもあると思います。

動画の目的は、前回と同様に、人の使っている様子をまずたくさん見てみるということのきっかけになればということです。

概要

シーンと状況 「大阪に住んでいる新婚夫婦に、デジタルフォトフレームを友達と共同でプレゼントすることになった。」

タスク 「デジタルフォトフレームについてリサーチする」

誰が? 「自分」

どうしてなんだろう?とか思うところがでてきたら、そこからがインタビューの領域

アクセス解析のように、ある種結果だけです。 自分自身が、今回は行ったので、「ここでこんなことを考えていた」というのはわかります。矢印の動きに出ていることもあれば、全く関係ないときもあります。

Webサイトや携帯サイトを集めたものはありますが、「使い方」を集めたサイトはどうだろう?

Webサイトを集めたサイトは便利ですが、注目する点が「物」だけになってしまいます。 それは、ある意味、機能を盛り込むことだけを考えてしまう状態と似ています。

実際に、Webサイトを運営する方にとって役に立つのは、もう少し動きの感じられるものなのではないかという仮説です。

もしかしたら、一番最初は、目の前の形のあるものを作ろうと運営するかもしれません。これは、前回と同様タイプによりますのでなんともいえません。

ただ、やはり作ったものに対して人がどのように動くのかについての情報があると、Webサイトを運営するときの視点が偏らないのではないかと思い動画にしてみました。ほかのブックマークサイトと同様に、そのまま当てはまるというより、ヒント集として、まず運営方針を立てる際にチェックしておくことができればいいのではないかと。

本当は、マウスの動きだけじゃわからないバックグラウンドが大事だと思うんですが、動画にしやすいのでひとまずこの形で、できれば少し続けていきたいと思います。

タグは「動画でわかるケース別のサイトの使い方」にしてみます。

とりあえず、人の動きを見る

もともとソフトウェアやWeb、というよりもUIと呼ばれるものなど全般的に、なかなか使っている人の動きを見ることが少ないと思います。周りの方にどれくらい見たことあるのか聞いてみてはいかがでしょうか? もしかしたら、会議でもめてたメンバー全員が見たことないなんてこともあるかもしれません。

実際のお店とかはたくさん見れますよね。でも、目の前で起きていても、それを観察する人としない人はまたタイプがわかれると思いますが。あと、目の付け所とか。

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2009年05月17日 00:31Fujii

簡易ユーザビリティテスト

一番最初にやる「簡易ユーザビリティテスト」とは簡単にいうと、自分で使ってみるだけです。

たったひとつだけ考えるポイント

自分で使うといっても、なんとなく良し悪しや好き嫌いを見るわけではありません。ポイントは、使うシーンを考えて、タスクを設定することです。

具体的には、A1というシーンで、B1という人(今回は自分)が、C1というタスクでやったときの結果がこれであると整理して考えること。

あとは、数多くの条件を変えて、結果をたくさん比べること。 (もちろんこうしたらどうだろうと変えてからでもOKです)

ノリと勢いで回数をこなせばいいんじゃないか

自分の使い方と他者のの使い方のうちで同じ点や違う点に気づくためには、回数が必要だと思います。億劫かもしれませんがノリと勢いでやっちゃえばいいんです。使っているところを見るうちに、今度は見ていないときも片隅で考える癖が自然についてくる効果があると思います。

もちろん好き嫌いはあっていいんですけど(笑) ただ区別というか、自分とほかの人が違うという当たり前のことと、自分でも状況や目的によって行動が違うということをちょっと想像できるかは結構大きい部分だと思います。

知識や経験よりもずっと大事こと

最近思うのは、この想像する意識がないと「ユーザビリティ」「使いやすさ」などに興味がある人でも、デザインパターンやTipsのようなパズルのピースのほうばかりに目がいってしまう傾向があるということです。状況に応じた組み合わせ方法を考えなくてはいけないし、それは何度もテストをすることで確認するしかないことでもあります。

思うのは「ユーザビリティ」「人間中心設計」という言葉を知らなくても、もともと想像できるタイプの人はいます。そういったタイプの人のほうが、海外から輸入された用語や、書籍の知識などの方法論や言葉だけ知っている人や、単に自分が使いにくいなーと思って文句をつけているレベルの人、パズルのピースだけになにか絶対的な解があると思っている人よりもずっと動きがバランスが取れていて良いのではないかなと思います。

想像できるタイプかそうでないタイプなのかは、知識や経験よりもずっと大事な気がします。

なので、想像できるタイプの人は、あまり方法論や用語については難しく考えなくていいのでは? たぶん、あとからついてくる気がします。

※ここでいっている想像するはごく基本的な部分です。仙人のように悟りを開くことや、政治家や交渉人級の調整までできるといったレベルではなく。

この「想像する」ができないのなら「ユーザビリティ」とか以前にダメです。人にプレゼントをあげることができないのと同じです。 で、ダメですといいつつも、想像できないなら、見たら変わるかもしれないと思って動画にしてみました(笑)なんか何でもいいので人の使っている様子は色々見れる機会は多いほうがいいんじゃないかと。

勢いやノリが本気で大事

UCD、HCDサイクルもPDCAサイクルも仮説思考も、ベータ版も、プレリリースも絶対的な解を求めず何度も試すことを前提にしているものだと思います。 余談ですが、比較的Web関係の人は感覚があっていると感じます。永遠のベータ版文化もあるくらいなので。

そういう意味でも楽しんでやってみること、勢いやノリが本気で大事だと思ってきています。 もちろん自戒もこめてですけど。機動力とフットワークの軽さとまじめに表現したほうがいいならそうします。

※ごめんなさい。もちろんWeb関係の人だけじゃないです。なんだろう現場感覚?

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2009年05月15日 02:06Fujii

「生活の中で」を実感する

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ボールペンの持ち方がなかなか変ですね。 マンガを描いているところじゃない予定でしたが、これも生活のひとコマでもあるので。

「生活の中で」を実感するには少しパンチの無い動画ですが、動きや様子、そして、シーンで考えるきっかけになるという意味では、動画はやはり伝わる気がします。(インターバル撮影ですが)

単にマンガや文字で「生活のなかのシーン(動きも含め)を考えよう」というだけではなく、ちょっと載せてしまうということで、もう一歩その先の何かを目指してみました。

「ユーザーエクスペリエンス」とかそういう言葉がピンとこないのと、その言葉自体がいきなり人に対して壁を作る行為で、このブログの対象者には合わないかなとか思っていました。 自分からすると「生活」という表現がいいかな?と言葉を選んできました。(人生というとちょっと大きいとも考えつつ、時々使っちゃいますが)

使い続けちゃっている「ユーザ」という表現も、「対象となる人」と表現しようとしていたエントリー(『認知的ウォークスルー(かるたでわかる用語集)』)を見つけました。(人は「使う」だけじゃないこともあるということを考慮してです、たぶん)

振り返ると、自分の中で置き換えるのは、より実感しやすいようにするためだと考えました。 (あと、いつまでも海外崇拝みたいのはどうかという島国根性。自分達で何か少しプラスアルファしたいなーというのもあります。聞くだけでなく、普通に話ししたいですよね。こっちではこうやっているよとか、へー、おもしろいことやってんねとか言わせたり。とかいいつつ「in_the_life」なんて適当な名前の動画にしちゃってますけど(笑))

話はそれましたが、まあ、ちょっと「クレイジー」という表現は違うかもしれませんが、最初は、ちょっと笑っちゃうぐらいのことも試して、もっと「失敗」しなきゃと自戒。

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2009年05月14日 01:55Fujii

『プランと状況的行為―人間‐機械コミュニケーションの可能性』を読んで 状況と目的を比べながらよろめく

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結構、古い本のようです。 コピー機の使い方からの考察がなかなかおもしろいです。

自分の中で気になった点は、

  1. ユーザはプランがあったとしても状況と目的を比べながらよろめくという捉え方の視点
  2. 機械がユーザの状況についての情報を知る方法は少ないという視点

でした。

2の理由から、いかに、作る側がユーザの状況を知って予想できるかにかかっていると思いました。

もうちょっと読み込んで見たいと思います。

関連書籍:

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2009年05月13日 01:48Fujii

デザインの質問

  1. 自分が使っているものを作っている人は、自分が使っている状況を見ないで作っているのか?
  2. 自分が使っているときのことを知って作って欲しいか?
  3. その使っているものはお金と交換する以外だとしたら何となら交換してもいいか?
  4. 自分にとっての意味のあるものは、作り手がオリジナリティ100%でゼロから作り上げたものでないとダメか?
  5. 自分が使っているもので一番大切なポイントはどのようなことか?
  6. そのものを自分が誰とどのような目的で使うのかについて、作り手が把握していることに問題があるか?
  7. 自分が必要としているものの場所を教えてくれたり、目の前に持ってきてくれることは、作ってくれることとどんな違いがあるか?
  8. 自分とそのものとの間に意味が感じられないときどうするか?
  9. 自分で必要で作ったものと、ほかの人に必要なときに作ってもらったものの違いは何か?
  10. 自分にとってそのものが意味があるかは、Webなのか、プロダクトなのか、ビジュアルなのか、グラフィックなのか関係があるのか?
  11. 自分にとってそのものが意味があるのは、有形だからなのか、無形だからなのか関係があるか?
  12. そのものが自分の生活にちっともあわない場合どうするか?
  13. 自分が使っているものを作った人は、自分の生活の知識と、そのものの知識のどちらをどれだけもっているだろうか?
  14. 自分がそのものに意味を感じるのは、24時間365日ずっとか?
  15. 自分が知らず知らずのうちに使っているものは何か?
  16. 自分が使っているものが、100回の失敗作の中から生まれていると問題か?

つらつらと。

質問のきっかけは、棚橋さんおススメの『意味論的転回―デザインの新しい基礎理論』。一度立ち読みして断念しましたが購入。

1ページ1フレーズしか読んでませんけど。

デザインとは物の意味を与えることである 意味論的転回―デザインの新しい基礎理論

キテマスネ。このフレーズ。このパンチラインが無ければ買わなかったかもしれません。 このブログを読んでる人は、たぶん難しいと感じそうですが、そんな人向けに、ちょびちょび自分なりにマンガに翻訳してみたいです。

で、この1フレーズですが、「与える」という表現がもうちょっと自分の中では、別の言葉を探し中です。

前に描いたスケート少年なんかは自分で意味を見つけちゃってます。人のプールに対して、自分達のスケート用の遊び場にいけんじゃねーか?と勝手に。自分のことだから、自分の状況はもちろん考慮しています。全部ではないですが、自分のことですからある程度知っています。で、そこに「物」が登場する。

おおざっぱに、「自分達の状況100ポイント」に対して「物10ポイント」くらいでしょう。

で、普通に何かを作る場合に、同じくらい考慮してるのかな、真逆の「物100ポイント」くらいで考えること多いのではないかなと。

物についての知識、人の状況に関しての知識。自分達で必要な物を見つける場合でないときは両方のことについて知っていなくてはいけないし、自分で作るかどうかも関係ないのかなと。

世の中にこういうものがあって、こっちにはこういう人がいて、お互いを良い感じで組み合わせることができればそこに意味は生まれるということかなと。

意味を「与える」ためにはどうすればいいの?ということを考えるとそうなる。もうちょっというと2つあると思っている。

  1. その人のところへ、あいそうなものを持ってくる
  2. そのひとを、あいそうなもののところへ連れて行く

似ていますが、このようになるかと。どちらも、気づかせるという意味も含めますが、より現実的には物理的に考えると具体的にイメージできるかと思います。

スケート少年に対して、「ヘイ!そこの悪ガキ達!プールでイカした遊びができそうだぜ!」と教えて連れて行く人はデザイナーということかもしれません。さすがにプールを持ってくることはできないので。

ええ、本を読まずに書評(じゃないからいいか)を書くとはこのことですね。ハイ。なかなか良さそうなのでゆっくり読んでみようっと。

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関連書籍:

2009年05月10日 22:10Fujii

「情報への感度」と「わかる」の関係について考える

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ユーザ体験。

忘れないうちにメモ。

  • 「チョコ、赤ワイン、チーズはよくない」とか「寝不足、寝すぎがよくない」とか「閃輝暗点中のマッサージが良いとか」「薬はあまり効かない」とか「冷やすと良いとか」「過労・ストレス」「緊張が緩和されたときにおきやすい」とか「遺伝」とかいろいろ個人差やホントかわからない情報も含め収集。
  • 友人に相談。医療関係者ではあるが、もともと情報収集がうまそうなので探し方の参考に。
  • 「頭痛外来」というものがあると知り検索し、診療時間を調べる。
  • 書籍をチェック。
  • mixiのコミュニティをチェック。試した結果がでてるかなと期待。
  • Googleアラート「閃輝暗点」をセット。

ひとまず、きりが無いので情報収集ひとやすみ。

続きます。

Head Fake 目的(ゴール)と過程(プロセス)の組み合わせ

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目的(ゴール)と過程(プロセス)の両輪を見ることを忘れないようにする

エデュテイメントの考え方から発想してみました。「Head Fake」という考えや、人間が理解したり、身につけたりすることについて。

  • Head Fakeという言葉から考える
  • 仕事において
  • 研修や教育において
  • ユーザ(人間)中心設計において
  • 学ぶということにおいて
  • 個別の例

Head Fakeという言葉から考える「目的(ゴール)と過程(プロセス)の両輪」

以下の動画でどうぞ。かなり長いですが、休みの日に見てみるのもいいかと。

仕事において(優先順位がつけられないときは旗=目的をはっきりさせよう)

全体像を見ることが大事なのはなぜか?につながります。 全体像が把握できなければ、最終目的を達成するために、必要なプロセスは何かがはっきりしません。

細部だけにこだわり仕事をする人は、マンガの中の「旗」が見えていないタイプ(見えていない時期といってほうがいいかな)です。優先順位がつけられないという傾向があります。

研修や教育において(「やらなければわからない」のは事実でも、「全体像がみえず、やる方向性がみえなければ、よくわからない」というのも事実)

「これ、なんの意味があるの?」という状態では、たいしたものは伝えられません。人間はある目的を達成するために必要なことをやるようにできています。

よく、「あの頃は師匠の言っていることが理解できなかったけれど、今ようやく理解できた」ということを言います。

こういったことをきいて、「教えるときには、そのとき相手が理解できていなくていいんだ」と思って教えてしまってはダメです。(思いたくなる気持ちはわかりますが)

「試行錯誤したけれど伝わらない」ことはしょうがないですが、最初からそれを目指すようじゃ、それは、単なる手抜きです。 大体、伝わらない部分はほっといてもいくらでも出てくるので、教えるときに「相手が理解できてなくても良いんだ」と考えては何もはじまりません。

典型的な例として、「とりあえず、やってみろ」というのは、目の前の部分のみしか相手には見えないので、よくありません。 「やらなければわからない」のは事実でも、「全体像がみえず、やる方向性がみえなければ、よくわからない」というのも事実です。 うまくいっている「とりあえず、やってみろ」というのは、実は、全体像もしくは、仮の目的をさりげなく見せてから行っているのです。

例えば、小さい部分で言うと、「やってみなければわからない部分」の研修を行う際には、「失敗してもいい、むしろ10回失敗するくらい試してみてね」という一言であったりします。 極端な例でいうと、パラシュートが無ければ飛行機から人は飛び降りる人はいません。

研修ではないですが、ワークショップを以前会社で行ったときに、事前の説明やいい感じの場の設定の必要性をスゴク感じました。最初は「とりあえずやってみようよ」と思ったりして苦労しますが、良く考えるとコレは良いことだと感じていました。

というのも、研修する相手と自分との関係をどうしたいのか?を考えたときに、目的は見ずに、目の前のプロセスのステップをひたすら(大抵、ひたすらにはならず渋々か狭い視野で)行う指示待ちという関係を構築したいのかというとそうではなかったからです。

よく指示待ち人間を兵隊のようだといいますが、実際の兵隊はゲリラ戦において目標だけ定めて、兵隊は個々に動くなんて話もきいたことがありますので、それもちょっと兵隊に失礼かもしれません。

ユーザ(人間)中心設計において(プロセスと目的を整理する)

ユーザの体験を擬似的にでも「実感」するときに、例えば、行動を順番に書き出してみるという目的を達成する過程で、ユーザの体験をより深く理解することになります。

人によっては「書き出す」ではなく「演じる」になります。UCDやHCDプロセスとしての知識では、とりあえず「演じる」ことが目的なのだと最初は思っていたとします。その目的を達成する過程で、実際はユーザの体験の理解を深めます。

その次からは、一見した目的、つまりこの場合は最初は「演じる」ことでしたが、それ自体が目的ではなく、「ユーザの体験の理解を深める」という目的があらわれてきます。 そうすると、最初は「書き出す」「演じる」が目的と思っていたことが、実は、「ユーザの体験の理解を深める」という大きな目的へ向かうプロセスの一部であり、ひとつの手段だということが見えてきます。

その結果、「ユーザの体験の理解を深める」ためにはどうしたらいいのかな?という発想としての広がりもでてきます。 もちろん最初に「ユーザの体験の理解を深める」という目的があり、その過程として「書き出す」「演じる」と認識しているのが一番です。そうでなければ、人によっては単に「書き出す」「演じる」というだけで終わってしまう危険性があります。

書くまでもありませんが「ユーザの体験の理解を深める」のは・・・と続く部分はあります。

「行為」と「成果物」の役割の違いについての記事:

学ぶということにおいて(ある目的のためになら、別々のことも学びやすい)

ある目的のためになら、別々のことも学びやすい。これに尽きます。 細部に迷い込んでいるときは、目的を見直す時。

個別の例

目的と過程が対になっていることの個別の例

  • 一般的に「教える(学ばせる)」役の先輩、教師が一番学んでいる。(だから、本当は学ばせる一番の方法は人に教える役と場を用意すること)
  • ブロガーは、ブログに書くという目的のために、日々のアンテナが敏感になってくる。
  • ホームページを作りたいという目的のために、技術や知識を覚えるが、コミュニケーションやメディア運営が真の目的だと気づくと、だんだんブログに落ち着いていく。
  • ゲームクリアのためには、難解な敵の名前もアイテムの名前も自然に覚える。
  • どこかに行くために、電車に乗る。全体が見えずに電車に乗る人はあまりいない。
  • 物語をつくれるのならコンピュータも触る

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2009年05月07日 02:16Fujii

思考発話法の考え方 アウトプットのハードルの設定

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中断していたものの続きです。

なぜそれをするのかは、実際にはわかってないし、考えていない。

今回の一連の分析で、なぜ自分がそうするかは、その場では考えていないということは感じます。なので、後から考えたことが実際にやっていることとはずれている可能性はあります。記憶の中の整合性を重視して無難な表現になったり、自分では行っていないことを行っていたかのように思ってしまうということです。

現場へ近づくことが重要

こないだ東京駅でこんなものを見かけました。

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はじめてみたのですが、このものが何かすら考えていません。このときは渋谷にどうやっていけるのかなと一緒にいた人と話していて、適当にいじくっていました。

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印象は操作法がわからないので、まあ、もういいやという感じでした。そのときも、まず操作方法を知るために何かするといった明確な動きをしていません。なんとなく触ってみる。そんな程度です。ここに、無理やりに自分でステップの理由を考えると少し後付が過ぎます。こじつけてしまうこともあるでしょう。

思い出すといったことになってしまったり、想像するといったことが多くなりがちですが、やはり、なるべく現場に近づくということは、大切なステップです。

思考発話法は行わなくても考え方だけでも知っておくと良い

では、分析が後付だけになるので、何も役に立つことが見つからないかというとそうでもありません。操作しているときには、目的は無くとも、心のつぶやきというものがあります。

思考発話法の考え方で、なるべくそのときに思ったことをつぶやいていたことを思い出してみることが重要です。もちろん、それを知ったからといってすぐに解決策が出るわけではありませんが、ためしに変えてみたら良いのではないかという箇所の候補としてはあげることができます。

つぶやきでOKというように、ハードルを下げると、アウトプットもしやすいはずです。 反対に、なぜそうしていたのか?というアウトプットを求めるとこじつけもはいってくるので、少しハードルが高くなります。

TwitterとBlogの更新の違いのようなものかもしれません。 Blogは苦手だけどつぶやきならアウトプットできる人もいます。そのつぶやきも、それはそれでひとつのアウトプットなので、うまく、状況と照らし合わせれば使える情報にできます。

2009年05月06日 04:32Fujii

企画で忘れないようにすること

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UCD(ユーザー中心設計)を知ったときに、一番最初にピンときていて、考えていた部分ですが改めて整理します。ちょいとメモがてら。

作ろうとしているものは「改善型」なのか「新規型」なのか

「ユーザ視点で企画や案を出そう」となったはいいものの、「はて、ユーザってどこにいるの?」と困ったことはありませんか?

もしくは、「ユーザに毎日見て欲しいと思って作ったサイト」や「技術的にできるから作ってみた機能」が使われないので「なんとかしよう」として、はじめて「はて、ユーザってどこにいるの?」と困ったことはありませんか?

ユーザ探しで困るということは、結構核心に触れる重要な話です。(自分が何をしたいのかわかっていないということにつながるということだと思いますので)

あれこれ理屈をつけようが要約すると「なんとなく作ってみた」というのが、企業レベルでも多いのが現実です。 それが悪いとは思いません。

ただし、「なんとなく作ってみた」時に、「はて?」とならないために、もうちょっと大枠でプランを描き、計画的に「なんとなく作ってみた」になるといいのではないかと思います。

解決するための万能の魔法はありませんが少し整理したほうがよさそうです。

書籍では、ユーザ探しに関連しそうな箇所は「ユーザ調査」と書かれていたり、「初期にユーザのデータをできるだけ集める」と表現されています。文章ですと、「フムフム」となんとなく読めてしまいます。

しかし、現実的に書いてあることを行う場合に、先ほどのクエスチョン「はて、ユーザってどこにいるの?」に必ず出会うと思います。

今回は、「改善型」「新規型」の2つのパターンで整理してみたいと思います。

改善型の特徴

例えばすでにあるものの改善をする場合です。

このタイプで必要なことは、ユーザに近づくために、ユーザを特定すること。 製品であれば、購入者か、購入者と違う場合は本当の利用者を探すことになります。

人として特定することに加えて、利用シーンを特定して、どんな目的で、どう使っているかを特定することです。 特定といっても、仮説ももちろんアリです。(何度も仮説検証サイクルを続ける)

ウェイトとしては、人としての特定よりも、利用シーンの特定を優先させることも出てくるかと思います。

具体的には、その人になりきって仮説を立てるといっても、その人が何歳で、名前は誰でといった細かい情報をひたすら集めるのではなく、どちらかというと利用シーンをイメージして利用の目的や使い方に注目するといった対処法です。

新規型の特徴

「新規型」というのは、ユーザがいないということです、ものがないのでユーザを見つけようがありません。

勝手に作るものを先に決めてもユーザが魔法のように生まれるわけではないことがポイントです。

これも、結構核心です。説明は少し省きますが、Webを使えない人が既存のお客さんで、その人の生活を良くするときに、Webサイトを作ってサポートすることを決めても無理があります。

ですので、あまり無理の無いように生活から考えます。

例えば、「スノーボードに行く人の生活」に注目をして、その生活を良くするにはどうしたらいいのかと考える。 学生さんはバスで行くことも多いですが、バスの中で寝るのは大変です。ただし、実感するのは乗ってからです。誰のせいでもありませんが5時間ぐらいツライ経験をするわけです。そういった人のために「携帯枕」を用意・販売するといった発想です。 サイトとの関連は必要なら出てきます。 ※例えば、サイト上で荷物の持込の有無のチェックと同様に、携帯枕の必要性を案内して申し込みをできるようにしておき、バスに乗る時に受け取れるというサービスなど。

実は「改善型は製品利用時の改善」で「新規型は生活の改善」

改善サイクルという面では、いったん何か作ってしまえば、改善型にはなるかと思います。 なので両方の改善があるともいえます。

ただ、違いとしては改善を意識する部分が、「すでにあるもの」なのか「すでにある生活」のどちらであるかはやはり違ってきます。

「生活の改善」というとなんか変ですね。生活の提案というのも不動産チックです。ま、とりあえず言葉はおいておきます。

「棚卸し」と「生活」

「作ってみました」「コレ、できます」というのは、よく例に出るように、技術屋さんだけの話ではありません。 ビジュアルデザインでも、不要な方向での作りこみというのは起こるでしょう。それはまた、ビジュアルデザイナーだけではなく、ディレクター、クライアントなど関わる人すべての話です。技術ありきでなくとも生活を想像しない状態で「毎日見てもらいたい!」という気持ち先行だけの場合もそうでしょう。

つくること自体が一番の目的になっているのか?

そうであれば、生活のほうから見て、「あんまり必要ない」といわれてもしょうがない。

ただ、技術的にできることややりたいことを、ずらっとならべて見るのは悪いことではないと思います。全然アリ。それとは別に、「生活を良くするには?」を考え、どうフィットさせ役に立てることができるのかを練ることが必要かと思います。

実験思考ということを忘れずに

計画的に「作ってみました」をやること。 生活を考えるときもそうですが、発想・仮説→検証で実験的なスタンスでやり続けることが大事。 ベータ版であったり、ときには製品のリリースそのものであったりします。一回でどんぴしゃの生活を把握し、ユーザを厳密にしないとだめという固い感じではないということです。

長くなりましたが、メモ。

2009年05月03日 03:30Fujii

ユーザビリティ、Go Big!だでよ

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「ユーザビリティ」についてのブログといいつつあんまり(マンガ見返したら、「あんまり」がぬけてました)その言葉も使わずここまでやってきました。 わざとではなく自然とそうなっているその理由は、たぶんその言葉は自分の中では一種のフェイクで目的ではないのだろうなと分析してみています。

ただ、あらためてこの言葉を考えてみると、結構、ちっこく思われている一面もあるのかなとも感じていて。

再度、ユーザビリティについて言うなら「GO BIG!だでよ」という気持ちを、実例を添えて。

※で、たぶんその先に何か別のものも見つけにね。

2009年05月01日 00:03Fujii

生活のひとコマをなぞる

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繰り返しですが、なぞるとまた気づくこともあります。

生活の中のひとコマですが、時間の前後や、店舗のパターン、気持ちのパターンを考えると、スポットライトが当たった部分がそのまた周りまで広がります。

なぞりながら、仮説の元を探す

「Who?」のように、二度目になると、「本屋はひとりで来ている人が多い」という仮説が生まれてきました。 こういった仮説が答えになったことはありません。

では、役に立たないのでしょうか?

生活の中で見つけた発見は役に立たない?

発見が「答え」でないというのは確かです。 そういう意味では、「答え」を見つけない限りどんなものでも役に立ちそうもありません。

では、答えにならなくても、何か役に立つ点はないか考えてみます。自分が考えたのは、

  • 発想の前提やチェック機能をはたす

ということです。

なにかを考えるときに「ひとりで来ることが多い」というキーワードがチェック機能になります。

それを踏まえて、「もっと別のステップで何かをして、本屋に二人や三人で来る人が増えそうなことをやる」のか、それとも「二人用のサービスはハズしそうなので、一人できた人をもっとサポートする方向」に向かうのか考えることに意味があるのだと思います。

そして、例えば、一人できた人がいろいろな「評」を求めているというのであれば、「正反対の本を並べて、比較の材料を与えてみると、どちらも読んでみたくなる」というような仮説が生まれてきます。

本屋さんにとっては売り場は、ブロガーにとってのブログです。 ブロガーがそうするように、本屋さんは毎日そこで仮説検証をし続けているんだと思います。

知っていたことを、ちょっと意識する。

そういう意味で、生活を見るというのは、かなりベーシックなことなのではないでしょうか? 知れば当たり前のことがほとんどですし、不思議と人間は「それは、知っていたよ」とか「そんなもんだよね、だいたい」と思う生き物です。

ただ、これもまた、あながち間違いではありません。 たぶん知っていた気ではなく、本当に知っていたこともあるのでしょう。 視界に入っていれば見えているといってもいいのと同じです。

ということは、こういう言い方のほうがしっくりくるかもしれません。

「知っていたことを、ちょっと意識する。」

前提をちょっと意識するということで、アイデアの行き先が変わるかもしれません。

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