2009年11月15日

イメージしたシーンを言葉で説明する

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あんまり、マンガの意味がない気もしないでもないですが、文字から絵を自分で補完し、再現するという話なので、今回は絵は無しで。

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さて、今回は、なるべく再現しやすいように書いてみました。振り返ってみます。

  1. 頭の中にシーンを思い浮かべる。
  2. シーン全体の中で、省略するところは省略する。
  3. 各シーンで見えているものを具体的に言葉にする。

注意点としては、

  • 気持ちを文字にはあんまりいれない。
  • そのシーンで見たものを、起こったことを文字にする。

です。

伝えるために説明をします。方向やものの名前、何がどの位置にあり、どんな動きをするか?を説明するだけになるべくします。ここでやっていることは、絵を説明する文字を書くことです。そのようにして生み出された言葉は、読む人が比較的シーンを視覚的に再現しやすい言葉になるのではないかと思うからです。

また「気持ちをあんまりいれない」というのはどういうことかというと、シーンの組み合わせで伝えるからです。『おもしろパワーとはなんなのか』と同じ。

文字が絵と近くなるということを、『おもしろパワーとはなんなのか』で描いたカット割を例にしてみます。

「その人は何か下にあるものを無言で見つめている。りんごがそこにあった。」

「その人は何か下にあるものを無言で見つめている。ナイフがそこにあった。」

これは、絵でみるのと、かなり近いものを再現する言葉です。各カットに気持ちをいれないけれど、組み合わせ方に気持ちをいれます。いれますというか、どういう風に感じるかを考えるということです。

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2009年11月13日

「時間があるので、言葉を絵にする実験のために、atochottoをフォローしている人のついったーの発言を次々絵にできるか試してみる、なう」ということで描いてみた

とりあえず1枚目

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概念は難しい。絵にしやすさは、言葉が長いからとか短いとかは関係ない感じ。

2枚目

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おでんって言ってる人が2人もいて、ドトールって言ってる人も2人もいる

ついったーってなかなかおもしろいかも

なんか方向性がずれてきた3枚目。

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まとめの4枚目

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うん、リアルだ。みんな生きているんですね。当たり前か。でも、こう固定観念でなく、ちょっとリアルに感じますね。知らないものは描けないので、何を知らないのかわかりますし、頭が働くという感じです。前に自分で書いといて(『Twitterって「つぶやく」?』)、自分もついったーの参加者というのを忘れていました(笑)

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脳内に再現しやすい言葉、しにくい言葉

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言葉を読み取るときに

ユーザーのインタビューの結果から、読み取るということは、再現すること。うまく再現するためには、そこに登場する人物を想像することになります。 物語を作るという行為がちょっぴり関係するのは、それが理由です。

人間の行動とかを普段から観察していることで、再現しやすくなります。それほど大げさではなく、興味を持ったり、ホントの動きをじーっと見るとかそういうことです。いってることとやってることが違うよなーとか、そのことに本人も気づいてなかったりとか、そういうことに関心をちょっと持つということですね。もちろん捉え方に誤解があってもいいんです。興味があるということだけが大事だと思います。

そういったことで、再現する力に差が出るのは当たり前の話で、自分が経験を増やせば、その分野に関しては再現する力が上がることも十分考えられます。

ただ、経験以外にも2種類のパターンがあって、経験が無くてもわかる人と、経験があるのだけれどなかなかわからない人もいるということです。決定的な違いを感じているんですが、それについてはまた別の機会に。

言葉を使うときに

次に、伝える側の話では、言葉には再現しやすいものと、しにくいものがあるのでは?ということです。言葉を放つこと自体がとても楽しいので、忘れてしまうこともありますが、放った結果相手の脳内でどんなものを再現させたいのかを考えると、今までよりは話が伝わりやすくなるかもしれません。

インフォグラフィックは絵で伝えますが、そのインフォグラフィックを言葉で伝えるような感じだと再現しやすいと思います。インフォワード?インフォトーク?

インフォグラフィックはビジュアル化するということなので、ビジュアル化された言葉を使うというほうがしっくりくるかもしれません。

ちなみに

今回のような概念の話は、再現しにくい言葉になると思います。

ある意味写真も文字も同じなので、適当に組み合わせてはダメですという話

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写真も文字も、何かを伝えるために

以前に、このあたりで(『プロペパ君で作るオーソドックスなWebサイトのレイアウト(9パターン)』)レイアウトのパターンをあげるときにも書いたかもしれませんが、ワイヤーフレームにちょいと文字を書くのであれば、写真も同じように説明が必要だと思います。 写真も文字も、何かを伝えるために撮っているので、何でも良いわけではありません。

「ここはなんかシーンいれといてね、素材集から適当に選んで」

それぞれ得意不得意ありますが、「ここはなんか写真いれといてね、素材集から適当に選んで」なんてやっていると、パッと見はそれっぽく区別つかないかもしれませんがダメですよね。

たとえは極端ですが、映画のワンカットを、「ここはなんかシーンいれといてね、素材集から適当に選んで」って言っちゃうのにちょっぴり近いです。

キャプションとの整合性

またまた登場しますが、下の写真に説明をつけるときに、「東小金井駅から、小金井公園へ、公園の中を案内にしたがっていくと江戸東京たてもの園の建物が見えてきました」というキャプションとの整合性って大事。

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「写真を説明した文章」とそもそも考えているなら安心。困るのは、写真と文字は別で考えちゃう場合(『文字と絵の違いは?』)ですね。文章にあってないけど、「なんか写真いれといて」というような会話が出てくると、ストーリーの無いサイトになってしまいます。

もともとは、頭の中の辞書の辞書に関係するという意味では、写真も文字も同じなので。関係があったり意図的に並べ、組み合わせることが必要ということ。あたりまえか。

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2009年11月12日

写真を撮るときに1点だけ気をつけていること

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ECサイトや旅行サイトなどで写真で伝えようとするときも基本的には通ずるものがあるのかと思います。写真の視点が少ない(角度だったり、色だったり、外観、中身、料理などの写真で伝わる情報のバリエーションが足りない)と、もどかしいなーなんて思いますし。だから時には丁寧なブログのほうが良かったりします。対象はひとつでも、撮り方はたくさんある。

色々な視点でとる

その場を伝えることができればいいのではとおもいます。写真は一枚よりも何枚かで見たほうがおもしろパワー(『おもしろパワーとはなんなのか』)が高くなりやすいと考えているので組み合わせて楽しむことを念頭に。

近くから撮る

ぐっと近くから撮るとなぜおもしろいのか?普段の状態でカメラを構えて撮ると自分の視点と近くなるので、非日常感がちょっと足りないからかなと思っています。

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遠くから撮る

逆に遠くからも撮っておくと、全体がわかります。

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空を大きく撮ってみたり。

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高いところから撮る

手を上げたり、いつもの自分の視線の位置よりも高いところから

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低いところから撮る

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地面に置いたり、近寄るにも似てるけど、腰の位置からとかかな?小人になった気分になるのでおもしろいのかななんて。

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スライドショーをイメージして撮る

カットの組み合わせです。だから部分もとったり、スナップもあったりいろいろなものがあるとその場が再現されやすいかなと。

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一枚だと部分なのであまり伝わらないと思いますが、組み合わせのパーツとして。

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いろいろ。

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遠くからのもいれたり

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言葉で説明するように撮る

写真としてはつまらないけど組み合わせると意味がある写真ととるという意味なので、一個前のとかぶっているかも。

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以前にも載せましたが、こんなイメージです。単品だと、駅の入り口とか立て札はあまり撮らないと思いますが、組み合わせるとシーンが浮かび上がり、ひとつの流れのなかの大事な要素になるかななんて考えています。たぶん感覚的にマンガの1コマに近い感じです。

2009年11月09日

「なるほど!」が一度にやってくるのは、頭の中には保留中の「なぜだろう」がいくつもあるからかな

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ひとつの出来事なのに、なぜ、種類の異なる問題を進展させたのだろう?と考える

実際、なるほど、わかったかも!となるということは、それぞれの「なんでだろう?」ごとに起きますので、本来は全く別です。 しかし、きっかけとなる元はひとつの出来事なので、共通性もあるのではないかと思うとつながってきます。

ひとつの出来事なのに、なぜ、種類の異なる問題を進展させたのだろう?と考えるという感じです。

そうすると、関連がある部分が見えてきます。これは、それぞれ違うと思っていた「なんでだろう?」が、ある視点から見るとつながるのではないか?ということが見えてくるということです。

もちろん、同時に関連が無い部分も考えます。

次に別の出来事に出くわしたときに、問題と問題のつながりがわかっていると、効率よく進展する

この問題とこの問題がつながってるよということがわかると何か変わっていいことが起きるのかというと、そんなに変わりません。

ただし、次に別の出来事に出くわしたときに、問題と問題のつながりがわかっていると、効率よく進展させることができます。

と、説明してみたものの、自分は頭の回転が速くはないので、ときどき複雑に絡み合ってきたら、いったん「人間」というフレームワークで再確認して整理しながらやっています。
「人間」というフレームワークで大抵最後に残るのは、キャラクターの違いです。

簡単にいうと、料理でメニュー選ぶときもそれぞれ違いますよね。そういった違いです。

やっぱり、そこが一番おもしろいですね。

2009年11月08日

「靴を脱ぐ」ということが「単位化」されなかったのはなぜ?

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「靴を脱ぐ」ということを見逃していたのはなぜ?

「靴を脱ぐ」ということを見逃していたのはなぜ?と考えてみました。

その理由は、何かを考えるときに「単位化」します。その「単位化」の際に抜け落ちるのだと思いました。 「単位化」の難しい部分は、これなんじゃないかと思いました。

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「単位化」のひとつである「写真を撮る」行為も、気づいていなければできないことがわかる

写真を撮ることもひとつの「単位化」です。普通は、靴をとりません。家を撮ります。しかし、それでは、図鑑のようになってしまいます。 その場の良さや空気感を伝えるために撮るには、靴を脱ぐこともこの場の要素のひとつなのではないか?と注目すると、ようやくレンズを向けることができました。

自分でカメラを向けて撮るという行為は、自分で気づくことが無ければ起こりえません。 (一定の間隔の定点観測が面白いのは、気づきを外に任せるからだと思います)

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写真以外では、床を歩くときしむ音や縁側で家の中にいながら日光を浴びたときの暖かさも、要素になると思います。

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次回は、写真の撮り方のメモでも書いてみようかと思います。「写真を撮る」→「そこに注目する」ということで。