2009年07月14日

『シナリオに基づく設計―ソフトウェア開発プロジェクト成功の秘訣』を読んで 良い点と悪い点を書き出そう

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例えばWebアプリケーションを考えるときには、「ココを変えてみるとよくなる」とすぐに答えが出せるかというとそうでもないと思います。
「あちらを立てれば、こちらが立たず」なんてことがほとんどかもしれません。見た目は地味だけれども、現場の人の意見を取り入れながら長年かけて改良したものというのは、よくできていることもあり、下手をすると改悪になってしまうこともありえます。

ということで、毎度のことながら非常にベーシックなんですが、プラスな点、マイナスな点を、書き出してみることは大事なのではないかと思います。一人でやるにしてもチームでやるにしても、見える形で。

※関係ないですが、前の本屋の検索マシンの記事にジュンク堂を追記しました。>『「情報のフック」と「本屋で本を探すということ」

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2009年07月10日

「ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術」を読んで

普段、マンガのブログですが、今日は文字だけを使ってみます。そして初の長文書評!

「ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術」というのは棚橋さんの本ですね。
非常に感想が書きにくかったというのもあります。というのも、普段ブログを読んでいますので、ほぼ内容がするする入ってくるからです。
自分が大事だと思うことがたくさん書いてあるわけです。

その部分ごとに自分も改めて考えさせられたりしますので、まとめた感想が書きにくいのです。対話をするように読んだ本、なおかつ対話は継続中という感じでしょうか。

どうしようかなと考えていたところで、ふとこの本のテーマのひとつが「蒐集=集める」ことだと思い出しました。それも、最初はバラバラのように思えるものを、組み立てなおして新しい視点を得るということです。ならば、本についての部分部分の感想や印象に残った点をまずは書いて目の前に集めてみても良いのではないかと思いました。

まずは、印象に残っている点を箇条書きで。
  • 細かく分けるだけでなく、つなげていくことが必要
  • よく考えるとこの方法は棚橋さん自身がそうなのではないかということ
  • 外と接すること
  • 「わからない」にこだわるところ
  • 言語のコンテキスト
  • デザインしすぎないというメッセージ

細かく分けるだけでなく、つなげていくことが必要

これは棚橋さんが『グッド・ルッキング―イメージング新世紀へ/バーバラ・M・スタフォード』あたりのエントリーでも書いてありますが、「わかる」ために分類したりしていく流れの続きに必要なこととして「つなぐ」が大切ということです。自分なりの解釈ですが、「わかる」とは「分類すること=分ける」という価値観があり、分類できるとわかった気になる。ところが、それでどうするの?ということになってしまっては意味がないということだと感じました。音楽を徹底的に分けると、最後はドレミファソラシド(だけじゃないですが)にきれいに分けられるかもしれない。ただ、それがどうしたの?そのあとに、ひとつの音楽としてどう成り立たせるかの視点が足りないのではないか?ということかなと感じました。

よく考えるとこの方法は棚橋さん自身がそうなのではないかということ

本には「集めて」「新しくつなげる」ということの重要性が頻繁に出てきます。このやり方は、よく考えるとたなはしさんが普段やっているブログがそう見えると思いました。まずは、本を読み「集める」、その中で本に書き込んだりしながら、「新しくつなげる」ということをやっているように思えてきます。特に海外の手法(IDEOのデザイン思考、UCD、HCDの手法)、日本の手法(KJ法)、古い日本の話(見立て)というように、特に海外の手法だけでなく、最近の日本の手法から、古い時代の話まで特に区別している様子はありません。これは、似ているものをつなぎ合わせていっているからだと勝手に思っています。

外と接すること

コレは自分自身が去年ワークショップに何回か参加し思っていたことと同じですし、一度ブログにも書きました。それは、以前に読んだ『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』という本にも書いてあった気がしますが、閉じたグループ内だと情報の流通も落ちてしまうということです。グループはあっても良いけれど、つなぎ合わせるハブの役目もとても大事だということです。これは、感覚的にわかるかもしれません。学生なら学校での常識が、他校の生徒と交流することで実は全然違っていたことを知ったり、会社の常識が、別の会社ではそんなことはなかったりするはずです。話はそれますが、ワークショップにおいて、同じようなメンバーが集まりだしたときにそれを感じたことがあります。最初は違う色だったのが混ざり合ってひとつの色になってしまうと同化してしまう感覚です。少しピリピリしているくらいでいいのかなと感じています。コミュニティとはそういうものですので、意図的に解体したり場を変えることで新鮮さを保つ必要があるのだと思いました。

「わからない」にこだわるところ

コレですね。棚橋さんの『大事なことはわかることじゃない 』というエントリーですが、自分の解釈ですが「べつにわかってもよいし、わかるのは大事、けれど、わかった気になるとそれ以上興味がなくなってしまい新しい発見ができなくなる」ということなんだろうと思います。あとは、答えがあるわけでもないしという面も含んでいると思いました。自分の超訳では、「わかんないなー、だからわかってからやる」というよりも「もともと完全な答えはないし、とりあえずやってみるといいことあるかもよ」ということだと思っています。

言語のコンテキスト


コレは比較的最近のエントリーだったと思いますが、コンテキストにも色々な種類があるということで印象に残っています。というのも、最近は棚橋さんは抑え目にしていますが、過去のエントリーを読めばマーケティング的なバックグラウンドを持っている方というのはわかります。そういった視点で、ともすれば「ユーザー」一辺倒になりがちな人間中心設計というジャンルをゆるやかに少し広げてみることができるのかなと感じました。そのあたりが確かに足りない部分という感じです。そういう意味では、人間中心設計の成熟度モデル(『ユーザビリティ活動の成熟度』人机交互論)などの考え方、そもそもの「ユーザー」以外にも目を向けてみる視点というのはコレからどんどん取り入れられてもいいのかなと感じていますし、いくのであろうと思います。こんなところでも院生が取り組もうとしています>(『理解→導入』show must go on)
自分自身も『ペルソナが今いち理解できない人へ』というエントリーのように妄想することがありますので、今回言語のコンテキスト以外にもプロジェクトのデザインという視点も入っていたのが印象に残っています。前回の本でも組織内で理解を得るための活動という点が書かれていました。ワークショップという方法もそういった理解を共有する面でやっていると感じています。

話がそれましたが、まとめると棚橋さんのバックグラウンドと今のものを混ぜ合わせたものを、垣間見れたのがよかったです(笑)

デザインしすぎないというメッセージ

あとがきというか最後のまとめがコレですね。主に具体的にはプロダクトの方が一番しっくり来るのかなと思いました。使い込んでいくうちの味であったり、長期的な視点がありおもしろいと思いました。
もともと自分自身日々マンガブログを描いていて、わずかながらも読んだ人の生活に影響を与えると思っています。マンガブログでなくてもなんでもいいんですが、何かを作るときには誰かの生活に、ある意味踏み込んで、自分の提案をしているのと同じと感じています。その提案のせいで、いい方向にいくかもしれないし、その逆もあるということを心にとどめておくと同時に、すべてを自分の提案で埋め尽くすのではなく、相手の「余地」をたくさん残しておくことの大切さを書いたのかなと思いました。おもしろいテーマです。

おしまい

そんなこんなで、たまにはテキストだけのエントリーもいいかなと。自分は、読みながら色々照らし合わせていく感じで読みました。
前回の本よりも、対象の業種がかぎられておらず、とっつきやすいので好きなところから好きに読んでみて好きに解釈すればいいのではと思います。
こうやってずらり自分の感想を見ると、結局本だけでなくブログも横断的に読んで全部含めた上での感想をもっているみたいですね、自分は。

ちなみに今回の本は秋の夜長ではなく、夏の昼間に電車でも読めるコンパクトなサイズになってました。

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2009年07月09日

人間中心設計ってなんですか?

雑談ですが、説明する機会があったのでまとめてみました。
棚橋さんの今回の本(ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術)も基本は人間中心設計ですが、なぜコンセプトとして「仕事術」という切り口でもいけるのかということを自分なりに話していたときのやりとりです。
正確にいうと、人間中心設計(定義はISOのがどうとかというよりも)の考え方ややり方、スタンスはほかの部分でも使えるのでということだと思います。
その理由は、考え方とスタンスが非常にベーシックだからだと思います。やり方が体系立ててはいますが、コアな部分は非常に人間的な暖かい手法なんじゃないかと感じています。

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ほかにも話題があったので、また別途。

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2009年07月08日

直感と直観

なんか似ているこの2つの言葉。

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直感は、あてずっぽうで、直観は、その時点では言語化したり説明することはできない状態だけれど、経験からわかることかな。
でも直観は色々あるみたいですね。

ちょっと違うかな?
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2009年07月07日

簡単に「馬鹿みたいだなあ」と思わないために

すごい長いですよ。

こんな製品を紹介してみます


Cam Caddie Review by Bill Myers from Bill Myers on Vimeo.

スケートボードなどの「追い撮り」で使えそうなもの。視点の低さが大事ということなんですが手で持つのがツライ。そんなときにこの製品ということですが、そんな状況がなければガラクタに見えそうだということで、状況に目を向ける例になるかなと思いました。下の動画のような感じで使うものです。こちら方のブログの一番下にも日本語で。





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自分がわかる世界ではないときが難しい(ものを作るとき)

さて、自分にとって難しいのは、今回のように自分がわかる世界ではないときです。
仮に、自分がスノーボードをやらない人間で、「追い撮り」と言われてもピンとこなかったらどうなりそうか考えてみたいと思います。

で、想像の範囲ですが、当然知らなくては、何も起きない。これは確かです。
では、「追い撮り」という特殊な行為を目の前で見たときには、どうなりそうか?見れば少しはわかるかもしれないかなと思いますが、よく考えると違う気がします。自分の場合、もしも目の前で見たとしても、「へー、そうなんだ」で終わってしまうかもしれないと思いました。

「なんでそんなことするの?」と興味がわけばまだ良い方です。しかし、知らないジャンルでそんな興味が沸く自信ははっきりいってありません

「そんなことして、馬鹿みたいだなあ」と思ってしまうかもしれません

下手すると、そもそも、スノーボードは寒い中にわざわざ出かけていくし、スケートボードは捻挫とお友達な感じもするし、「追い撮り」なんてのは「そんなことして、馬鹿みたいだなあ」と思ってしまうかもしれません。コレはどういう状態かというと、自分の感覚や価値観と照らし合わせて、「馬鹿みたいだなあ」と思い、なおかつ興味を失っている状態です。日常生活ですべてについて興味を持つことは無理ですのでいいんですが、何かをものを作るときにコレではちょっと先が怪しいです。

こういう状態は簡単になりそうな予感がします。このような状態では、もちろん相手が喜ぶ提案はできる状態ではないのだろうと予測できます。興味も無く、なんだか馬鹿みたいだなあと思っているのですから。

それぞれどんな状態なのだろう?

一つ前の「へー、そうなんだ」という状態は、まだましです。しかし、ちょっと無関心。

もうひとつ、進んで、「なんで、そんな(馬鹿みたいな)ことするの?」は、ちょっと興味が沸いています。カッコの中が気になりますが、これは少しいい傾向です。
ただし、この疑問を、相手にきいても、てきぱきと言葉にはできませんし、その本人も何でそんなことやっているのかわからないこともあります。
例えば、「もともとプロのDVDを見て、普段から新しい技や楽しみ方を仕入れていて、そのDVDに出てくる映像と似たような映像を撮って、音楽をつけて後でみんなで鑑賞しながら、つっこみいれたりするのが楽しいから。でも意外と撮って編集するのはめんどくさいし、そのとき楽しく滑れないこともあるのが悩み」と言うとは限りません。

では「うん、わかるなー」状態はどうでしょうか?
これは、いい傾向です。しかし、わかったからといって解決策がわかるとは限りません
つまり、「追い撮り」をして苦労したことがある人でも、製品の最終形が思いつくとは限らないということです。とはいえ、できたものに対して、「こういうとき用」と言って試してみると、良し悪しは判断できる状態だと思います。

さて、どないしょ

分析してみたんですが、まず、そのときの自分の状態によっては、高確率で興味なし!シャットアウト!状態になることが想像できます。
なので、そうなったときにどうするか、そうならないようにどうするか自分なりに考えてみます。
  • 自分にかすりもしない世界があることを忘れない。それまでの自分の基準ではかすりもしていないので自分から見に行くしかない。そういう世界があることを考えておく。最初はその世界がどこにあるかもわからないので、適当にアタリをつけるしかない。
  • そんなことして、馬鹿みたいだなあと思っても良い。むしろかすりもしない世界である以上、これは反射的に思うので止められない。その後に、「なんで、そんなことするのだろう」と考えてみる
  • 本人に聞いても良い。それが答えであると決め付けない。真の理由は別にあるかもしれない。そのためには、前後の行動を聞いてみる。今回の場合、それを撮ったあとにどうしているの?とか。そうすると、興味が沸いてなくても、世界に入り込みやすくなる。
  • そういった行動を含めて、価値観を整理していく。おそらく、ここでも、かすりもしない世界なので、そんなことして馬鹿みたいだなあという反射的な気持ちは出てくるのは仕方ないが、それは自分の価値観としておいて置く。人によっては、自分の価値観をはっきりと整理できずすべてだと思ったり、正しい正しくないで分けてしまったりするかもしれない。混乱しがちな場合、一度吐き出すために、紙に線を引いて右は自分の価値観、左はその世界の人の価値観とはっきり分けてもいいかもしれない。正しさを主張しがちな場合は、頭に「自分は」をつけて、最後に「と思った(感じた)」をしっかりつけることからはじめてみる。その後、もちろん「この人は」を考える
  • 最後に「わかるなー」の状態のときは、「勝手に思い込んじゃってないか?」と自問自答してみる。ただし、どこまでいっても思い込みではあると思うので、それは、案を出して試してみることで前進させるほうが良い。ただし、自分の基準でいいので、「なんか安易」と感じたら、もう少し考えてみる。かすりもしない世界では、そうそう「わかる」ことはなく、すぐに自分の世界の価値観で処理することになると思う。なので、かすりもしない世界に入った後も、引き続き、まだまだ、かすりもしない部分があることを忘れないでおく。忘れると「興味なし」状態に戻ってしまうのでそこで終了してしまう

「手法」ってなーに?

「手法」というのは、こういうことを通過して結果的に生まれてくるのだと思います。普段やっているけれど忘れがちなことをリストアップして、「意識的に行うこと」が大事だと思いますし、それが「手法」であると感じています。

と、感じたことをまとめて「手法とは、普段行っていることを意識的に行うこと」とフレーズにはできますが、やっぱりそのフレーズだけ聞いてもわからないと思います。なぜに、前半わざわざ長々と書いたかというとコレが理由です。

「なるほど、手法は大事だ、そのとおりにやってみよう」と思ってやってみても、そこに書いてあるポイントや注意事項がなぜ必要なのかがわからないんだと思いますし、手法の限界も見えない。手法の限界は、もともと「答え」を出すために手法があるわけではなく、これは意識的にやっておいたほうが良さそうだというものの集合だから答えがでるわけではないという意味です
抜け殻のようになって、なんとなくなぞってみたという状態が決して悪いとは思いませんが、一度、その手法がない場合に自分なりにどんなポイントがあって、なぜそれがポイントだと思うのかを整理するとより良いのではないかと感じます。もちろん自分のやり方だけでは広がりがないので、ほかの人のやりかたもきいて、なぜそうするのか比べて、使ってみたりすることも生きてくると思います。

改めて、「手法とは、普段行っていることを意識的に行うこと」

ところで、棚橋さんの本を読んだ後の感想が、前回は短かったので今回は長めに。
ひらめきを計画的に生み出す デザイン思考の仕事術』という本ですが、自分は今回書いたようなことを感じていたので、「手法とは、普段行っていることを意識的に行うこと」という言い方はされてはいませんが、そういった点をまず踏まえていた点がおもしろいなと感じました。
そういう意味では、今回書いた内容も自分なりの感想(連想・重想(←造語)?)の一部ではあるんです。

自分自身で手法を知って、行ってという体験を通じてもそうですし、また、人に説明する経験を通じて「手法だから、答えが自動的に出る」と思うと進まないと感じていました。かといって役に立たないかと言うとそうでもないし、当たり前に考えて必要でもある、「相手を知る・考える・何度も試す」というのはごくごくベーシックなので、前提をしっかりすればいいと考えていました。

と、書こうと思い、本を片手にしていると色々書きたくなり長くなりそうなのでまた別で書こうかと。

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2009年07月05日

言葉に色がついてたら

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メガネというよりサングラスが書きたかったんです。
途中から、流行の?(興味が薄かった自分が知っているぐらいなので、ブームが終わってるかもしれませんが)AR(拡張現実)っぽいかなと思いつつ、物語調にしたので、かなりまとめるのが大変だった。

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2009年07月02日

旅行前に友人から聞いたオススメの場所を調べる際の動画


旅行前に友人から聞いたオススメの場所を調べる際の動画(Youtubeへ)です。 音楽:Purple Planet

概要

シーンと状況
「今度大阪に遊びに行く予定があり、友人に関西方面のオススメの場所をきいたので」

タスク
「どんなとこだろう?とちょっと調べてみることに」

誰が?
「自分」

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百聞は一見にしかず

見るということで、見てないときとは何かしら変わります。説明を聞くよりもはやいかなと。自分でも、言われて理解できなくても、見たら感覚が変わることは経験上よくあるので。正確には「百聞と一見は別物」。
なので、これから発注しようとしている方だったり、自社のサイトというか、ビジネスや運営をどないしょ?と考えている人がいれば、一人で考えるよりも、プロジェクターで大写しにしながらこの動画でも見ながら(お酒は・・・ダメか)ミーティングしてみたら何か方向が見えてくるかもしれません。

仕事上でも関係なさそうなときも、ぼやーっと見るよりは、先日描いた「情報のフック」を自分でつくるために、事前に予想してから(仮説を立てる)見てみると、30倍くらい(当社比)は発見が増えそうです。

「仮説を立てすぎない」ということも大事だとは思うんですが、そういったレベルの話ではなく、使ってるところを見ること自体への興味がまず無ければイマイチな結果になると思ったことがありました。

誰だって最初は興味ないところからはじまる

前に、ユーザビリティテストを知らない人たちを集めて、数人でユーザビリティテストを試しにやってみたときに、観察しても、「うーん、それで何なの?」ってなってしまうことがありました。「何をしていいかわからなかった」とかが多かったです。
そのとき思ったのは、「情報のフック」がニョキッと出てないと、視界に入っていてもよくわからない状態になってしまうのかなということです。使っているところを見る事自体に興味がないとそうなってしまいます。

なので予想ゲーム!

興味を持てと言っても無理ですから、事前にゲーム感覚でもいいので予想するのがとても大事だと思いました。やっぱり、事前に色々考えて置くと関心が持てますし、考えはじめた時点である意味半分くらいは目的を達していると思います。でも、問題はちょっとあって、考えたことのない人の場合は、固まってしまったり、予想が外れることを恐れるのかわからないですが、だんまりしてしまうこともあったような気がします。そういう反応は興味深いです。

外れて何されるわけではないのですが、仮説ということになれていないとそうなりそうです。今考えると、どうせなら、違っていたらお尻に吹き矢でもする設定のほうが楽しく開き直れてよかった気がする。

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